「おれおおきくなったら、なまえちゃんとけっこんする!」

幼い孝支に宣言されて、ありがとう、と笑いかける。

「じゃあ孝支が大きくなったらそうしてもらおうかな。」

彼の頭をくしゃり、と撫でる。
もちろん本気で言った訳じゃない。所詮は幼い子供の戯言。彼の言葉を本気で受け取ってなんかいない。

「大きくなったら俺と結婚してくれるって言ったよね、名前さん。」

突如、幼かった筈の孝支が高校生の孝支にすりかわった。彼を見下ろしていた筈が、見上げる体勢に変わる。にっこりと微笑んだ孝支の手が私の頬に触れる。

「いや、ちょっ、まっ、」

ゆっくりと近付く孝支の顔。真っ直ぐ見つめられて、目をそらすことさえかなわない。焦る私など無視してどんどん孝支の顔が近付く。あと少しで唇がが触れる。





「待って!」

自分の声で目が覚めた。はっと見開いた視界に映るのは、孝支の顔なんかじゃなくて、見慣れた天井。そうしてようやく夢だと理解した。ゆっくりと体を起こして、項垂れる。

「なんつー夢見てんだ…。」

こんな夢を見たのは多分、昨夜の孝支のせいだ。男として見て。意識して。脳裏に蘇る声。真剣な眼差し。本気で逃げようとすれば逃れられた筈なのに、どうしてか逃げられなかった。

あの後は、結局何事もなかった。たわいない会話をしながら、夕飯を食べて買ってきたケーキを食べて、プレゼントを渡して、家へと車で送り届けて。じゃあまた、なんて言って手を振って別れた。ただそれだけ。それだけだったのに、私の手を掴んで私を真っ直ぐに見つめたあの目が脳裏に焼き付いて離れない。壊れたように何度も何度も頭の中に孝支の言葉がリフレインする。

男として意識したことなんてなかった。生まれた時から彼を見てきた。姉弟のように一緒に過ごしてきた。弟のようにずっと思っていた。だけど、その孝支がある日突然現れて、初恋の人だと、男として見て、だなんて言われて戸惑うなという方が無理がある。
でも、どうしたって彼はもう男なのだと妙に悟った自分もいる。仮に中身にまだ幼さが残っていたとしても、見た目だけでいえば、周りにいる大人の男と対して変わらない。身長も体格も、もう幼い子どものそれなんかでは決してない。体も心も着実に大人へと成長している。少なくとも、私に正面から自分を意識して欲しいと訴えてくるほどには。

いつまでもずっと同じままではいられない。
幼子が成長してやがて大人になっていく。それは孝支とて例外じゃない。彼もまた、私の知る幼い彼から、高校三年生の今の彼へと成長したのだ。私は彼の成長を受け入れるべきなんだろう。その上で彼に向き合うべきなのだろう。