鉛白
(暗い、重たい話です)



彼も、こんな気持ちだったのだろうか。一生懸命彼の気持ちを分かろうとしていたけれども、やはり、自分も似たような立場にならないと分からないものだな、なんて思う。
自分がお見舞いする側だったときは、そこはただの病院であり病室としか思わなかった。
そんな場所が、今は牢獄に見える。
主治医の先生は熱心な人で、奇跡を信じて一緒に頑張りましょう!と言ってくれた。
けども、奇跡なんてあるのだろうか、なんて思ってしまう。
真っ白な部屋。白に満たされていると、世界から色が消えていっているような感覚になる。
そうして、いつか、私も白に塗りつぶされてしまうのではないか、なんて感覚に襲われては、怖くなる。



「名前、起きてて大丈夫?」
ノックをして入ってきたのは、精市で、沈んでいた思考がいっきに現実へと戻される。
そのことに、ほっとしながら答える。
「平気。今日はなんだか調子がいいみたい」
そう言った矢先に咳が出て、精市に背中をさすられる。
「ごめんね、ありがとう」
掠れないように、頑張って話すけど、少し声がかすむことが悔しい。
「ううん、無理はしないで。きつかったら俺のこと気にしないで休んでいいから」
私を安心させるようにそう言うと、精市はそのまま私を抱きしめた。
そのぬくもりに、優しさに、暖かさに。涙が出そうだった。
「やっぱりね、手術したら、声が、出なくなるんだって」
「…うん」
「でも手術しないと、生きていけないんだって。死ぬかもしれないんだって」
でも、声が出なかったら、それは私にとって死ぬってことなのにね、なんて笑って言ったら、抱き締められる腕に力が籠った。
声が出なくたって、筆談なりジェスチャーなりで人は生きられる。
でも、私には夢があった。
精市にとってテニスがとても大事なものなのと同じで、私には演劇があった。
別に役者になろう!だなんて大それたものではない。
それでも、演劇は楽しくて、芝居をずっとしていたくて、舞台に立っていたかった。
主役じゃなくたって、ヒロインじゃなくたって、とても楽しくて、心揺さぶられて、生きてる感じがした。
…それなのに。
「名前はどうしたい?」
優しく、私の頭を撫でながら精市は言った。
「…わからない。どっちをとっても私にとっては生で、死なんだ」
ああ声が掠れる、喉が渇く。
コップを掴もうと空をきった手をみて、精市は私から離れると、コップを渡してくれた。
「俺は…名前に生きて欲しいと思うよ」
「…それはどっちの意味で?」
「…そうだね、両方の意味で、かな。…本音を言えば手術をして、名前には生きて欲しい。でも、それで名前の笑顔が見られないのなら、それは違う気もするんだ」
そう言った精市の顔は苦悶に満ちていて、自分の時のことも思い出しているのではないか、なんて思った。
苦しい、彼にまでそんな思いをさせてしまって余計に苦しくなった。
味のないはずの水が、酷く苦いものに感じた。



「ねぇ、精市。好き」
好き、好き、好き。
声が掠れながらも出ることを噛み締める。
そんな私を、今度は強く、精市は抱き締めた。
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