この世界で君と出会う確率




 ――歓迎会は盛り上がりを見せた。格段してとりあげるような大きな事故もなく、丁度一番つまらなくなる折り返し地点に到達した。デビットとジャスデロが「食べ過ぎたぁ……」などと言いながら、腹部をおさえ、ソファに体を預ける。それをみたロードは口を歪ませ、デビット達の方を見、悪戯っぽく言った。

「そーいえば、食べてすぐに寝たら牛になっちゃうんだってぇ」
「えっ」

 反応を示したのはティキだった。どうせ、食べた後すぐに寝ているのか、それを知らなかったのかのどちらかだろう。

(どーせ、知らなかっただけでしょうね)

 アレンはティキのほうをちらりと見やり、「でもそれ、ただの言い伝えでしょう?」と言葉を発した。ロードはつまらなさそうに飴を口に放り込んで言う。

「まぁ、そうなんだけどぉー。第一そんなの本当だったらティッキーとっくに牛になっちゃってるもん。まあ、それはそれで面白いんだけどさぁ」
「いや、俺そんなすぐに寝ないし」
「そんなこと、どーでもいいけどぉ。……あ、そうだアレン」

 などという声が数回聞こえたが、ロードは聞こえない振りをしてやり過ごしている。話を振られたアレンは、少し驚きながらも返事をする。何か、言われるのだろうか、そんな不安がアレンの体を支配した。だが、話の内容はアレンが想像しているようなものではなかった。

「アレンの部屋、まだ殺風景だったでしょ。だからさぁ、家具とか買いに行こうよぉ」
「別に、僕はあのままでも構いはしませんけど……」
「よくない。あったほうが絶対にいいって」
「はぁ……」
「ね、決まり!」

 ロードと一緒に買い物へ行くことが(強制的に)決まったアレンは、苦笑いを浮かべた。と、先ほどから何度も聞こえている「えっ、俺の事どうでもいいの」という言葉にアレンがうるさい、と返事をした。実質、ティキはずいぶん話の中で邪魔なようだった。ティキはつまらなさそうな顔をして、部屋の隅に張り付いてしまった。

「あーぁ。ティッキーが拗ねちゃった」
「……自業自得?」
「あんまりティキポンをいじめないであげてくださいネ」
「善処します」
「酷」


***


「――のどかな街ね」
「そうね。ここ最近、いろいろ有りすぎたから、余計にそう感じるのかも」
「そうかもね」

 枯れない花――今回はそんな噂のある街にリナリー達は来ていた。イノセンスの可能性が高いとのことで、回収の為に詳しい情報を求め、リナリーとミランダは街の住民に聞き込みをしていた。聞き込みがある程度終わり、二人は集合場所である時計台の下に。男性陣二人は資料の通りにその花のある場所に向かったらしいが、未だ帰ってきていない。そのため彼女達は待ち合わせ場所の時計台下で「あら、あそこ綺麗なお店ね」なんていうガールズトークを繰り広げていたのである。しばらく経ってから集合場所についたクロウリーはそれに着いていけず困惑。傍らにはそんな三人を傍観しているブックマンが見られたらしい。


「――して、二人とも、何か情報はあったかの」
「取り合えず街の人に聞き込みしてみたけど――誰も、知らないの」

 首を振りながら答えるリナリーに、他の三人は少し困ったような顔をした。ハズレだったのだろうか。でも、先にここへ来ていたファインダー達はその花を確かに、確認したという。もう一度ファインダーに話を聞いてみようか? しかし、そのファインダー達はつい先ほどブックマンたちが確認できなかったと聞いて、我々でもう一度花を確認してきます、と出て行ったばかりだ。

「わからん。だが、ファインダー達は見たと言っておったのだろう? どうする?もうしばらく粘ってみるか」
「そうね、もしかしたらアクマもいるかもしれないから……」
「まだ夜まで時間もある。教会前の宿で先に休んでおこう。連絡は入れておく」
「ああ、そうだ、二人はさっき話していたお店に行くといいである」

 リナリーとミランダは顔を見合わせる。「でも」と呟けば、「息抜きも必要だ」などと押し切られてしまった。

「……ありがと、二人とも」
「なら、17時宿に集合でいいかしら」
「そのあたりでよかろう」
「――行きましょ、ミランダ」
「えぇ、リナリーちゃん」

 目的地、と言っても店は時計台からは目と鼻の位置。直ぐに着いて二人は雑貨店の店先に置いてある小物を見ていた。そこで、リナリーがポツリと言葉を漏らした。

「ひさしぶりだわ――こんな女の子みたいなことするの」
「私も……まあ、もともと、女らしい事なんてしたことなかったから」
「なら、今から女らしい事しましょうよ」
「やだわ、今私にはこうやってショッピングを楽しむだけで十分なの」

 そういって素直に、楽しそうな表情を浮かべるミランダは机の角のほうに並べてある髪留めを見ていた。少し、複雑な表情をしたリナリーは濁した返事をした。ねぇ、と話題を切り替えるために続けようとした言葉はミランダの声によって遮られてしまった。

「ね、こっちの髪留めリナリーちゃんに似合いそうじゃない?」

 そういうとミランダはピンク色の蝶をモチーフとした小さな髪留めを手に取り、リナリーのこめかみ辺りに添える。ちら、とリナリーは近くにあった鏡を覗いてから言った。

「やだ、ちょっと可愛すぎない?」
「それくらいしなきゃ。ね、ほら似合うでしょ?」
「うーん……せめてもう少し髪が伸びればね」
「そうかしら、今でも十分似合ってるわよ」
「ミランダったら、お世辞が上手ね」
「あら、お世辞なんかじゃ無いわよ」
「あ、ミランダそこの紫の星の髪留めとって?」
「これ?」
「そ、ほらミランダ似合うじゃない」
「やだ、私には髪留めなんか」
「似合うわよ?」
「ありがと。じゃあ、私これ買おうかしら」
「じゃあ、わたしさっきの蝶の髪留め」

 二人は髪留めをもって、レジに向かう。そのとき、いるはずの無い彼と、宿敵の声を聞いた。え、と思って振り返ると、思ったとおり、彼と、宿敵の姿が確認できた。どうして、声にならない声が頭の中でリピートする。

「ね、これはぁ?」
「…派手でしょう…どこからどうみても」
「…かわいいのに」
「僕の部屋、なんですよね?」
「そうだけどぉ」

「――アレン、君?」

 思い切って出した言葉は、彼らに届いたようだ。彼はおどろいた表情をして、こちらを振り返った。


偶然とは恐ろしいもので

(どうして?)
(嘘、でしょう?)
(……迂闊だった。ああ、アクマばら撒いといたから大丈夫だと思ったのに。ま、いいか。ちょっとシナリオに色を加えるだけだ)