水音が響く。いや、実際には響いてはいないのかもしれない。けれど円堂の耳にはとても大きく、辺りに響いているように聞こえるのだ。これは円堂自身が恥ずかしさのあまり意識し過ぎているからだろう。
放課後とはいえ教室で、こんなこと。そんな言葉が浮かんでは呼吸困難か、それとも快楽によってなのか。背徳心は目の前の行為で消される。それを何度繰り返したのだろうか。漸く離れた唇に円堂は震えて覚束無い足を気力のみで支えながら新鮮な空気を吸い込む。
「まだ慣れない?」
然り気無く円堂の身体を支えながら呼吸困難に追いやった人物であり、学校の有名人。異性から多大な人気を誇るフィディオがなんでもない顔で尋ねた。息切れの一つもしていないフィディオに円堂はしょうがないだろ。と文句を呟くも不意に気になった。何に、とはキスに。ただ唇を合わせるだけのものではなく、舌を絡めるそれにフィディオは息切れ一つしていないのだ。円堂など息切れどころか途中から呼吸困難で辛いというのに。もしかしなくとも、フィディオはこういったキスに慣れているほど誰かとしたのだろうか。そう思うと悲しいやら悔しいやら。なんだかさっきまでの羞恥云々は何処かへいき、黒い靄なようなものが円堂の中を巡る。
いやだいやだ。こんな感情醜い。誰だって人を好きになる。自分の前に誰か好きな人がいて、その人とキスをしたっておかしくないのに。そう思い直すも黒い靄は消えてはくれない。それどころかより一層増すばかりだ。自身が思うよりずっと、醜い生き物なのだと自覚せざるを得ないだろう。一人悶々と思考を巡らせていると何故かフィディオは円堂の内心を知ってか知らずか、くすくすと笑い出した。全く。人が真剣に悩んでいるというのに失礼な。そう思わないでもないが、実際何を悩んでいたかなんて言える筈もないのだが。
「ねぇ、もしかしてマモルって嫉妬してくれてる?」
「……嫉妬?」
「うん、嫉妬。だってキスのこと考えてたんだろ?」
まさか言い当てられると思っていなかった円堂は目を丸くしてフィディオを見る。もしかして、無意識に口に出していたのだろうか。
「マモル、すっごく嫌そうな顔してたから。俺のキスが上手すぎて勘繰ったのかなって」
「…自分で上手いとかいうな」
事実だろう。そう呟くとフィディオは円堂の瞼に優しく唇を落とした。
それが擽ったくもあり、嬉しくもあり。けれどやはり自身で上手いと言うほどなのだからやはり誰か相手が、と考えたところでそれを遮るよう再び唇を合わせる。何度か触れるだけの口付けを繰り返すとフィディオは円堂を見つめる。真摯な様子に何も言えなくなり、円堂はただただ見つめ返すことしか出来ない。暫く二人で見つめ合っているとフィディオが口を開いた。
「言っておくけど、俺の初めてはマモルだからね」
「は…」
「マモルが俺の最初で最後の人ってこと」
にっこり。そんな擬音が似合う笑みをすると、ちゅっとリップ音を立てて円堂の唇にキスをした。円堂は暫し茫然とし、自身が初めてであることの驚きよりも疑ってしまったことが申し訳なく俯く。なんて裏切り。勝手に想像して、嫌悪するなんて。けれどフィディオはそれすらも見抜いているのか、円堂をきつく抱き締めると、愛を囁いた。どこか嬉しげな口調に疑問を投げ掛けるもフィディオは愛を囁くばかりで答えてはくれない。そんな様子に首を傾げるしか出来なかった。






それは一つの愛の告白






(もっともっと私に夢中になって!)
(愛しのダーリン!)





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