やってしまった。円堂の頭にはそんな言葉しか浮かばない。目の前には壊れた水晶。どう見ても誤魔化しが効かない程それはもう見事にぱっくりと割れてしまっている。しかも、水晶は神社の奥の社に置かれていたものであり、見るからに祀られていたとでもいった感じだ。そんな大層なものを壊してしまった罪の意識と、社に祀ってあったことから値が張りそうなものであることに円堂は表情を青くした。このまま逃げ去るという選択もあるのだが、円堂はそれをせず、神社に誰かいないかと辺りを見渡した。何せ逃げ去るには良心は痛むし、自らの失態で起こったことである。責任をとらねばと思ったからだ。しかし、神社に人は見当たらず、動物のいる気配すらしない。そういえば、ここの神社には雷門町に生まれて十四年。初めて来たと思う。雷門町に十四年も暮らしていてこの町にこんな神社があると知らないなんて。この雷門町にまだまだ自分の訪れたことのない場はあるのだと円堂は然して不思議に思うことなくそう解釈した。
それよりも、だ。この水晶をどうするかである。神主に申し出たいも、今は留守なのかここまでの道程でさえその姿を見なかった。取り敢えず奥も探そうと壊してしまった水晶を拾おうと手を伸ばす。と、そこでいきなり突風が吹き荒れた。

「それに触っちゃダメだ!」
何事だろうか。咎めるような声に驚いた円堂はそこで気付く。声の主の制止が遅かったことに。既に片割れを拾ってしまっていた円堂は慌てて水晶を元の位置に戻そうとする。けれど、それは叶わなかった。
「えっ?!」
なんと手にあった筈の水晶はみるみる溶け、円堂の手に。皮膚に。吸い込まれるよう消えたのだ。気付けばまだ拾っていない筈の残りの水晶もいつの間にか消えていた。
あまりのことにその場で固まっていると、何故か自分の目の前で神社を囲うようにして咲き誇っていた桜の花弁が不自然な動きをしながら集まり始めた。ある一点を中心にして花弁は無数に集まりくるりと風に乗って舞う。只でさえ水晶のことで頭がいっぱいだというのにまたしても現実から逸脱した光景に円堂は言葉を無くす。ただただ桜の花弁の集合体を見ていたら、いつの間にか花弁は人の形へと変化していった。一体これはなんなのだ。自分は夢でも見ているのか。疑念を抱き頬をつねってみるが、痛みに現実だと突き付けられ円堂は認めるしかなかった。これは夢ではないのだと。夢では、ないのだと…──。

「ああ、遅かったみたいだね…」
漸く人の形を成したのか。朱に近い赤をした髪の人物は神主が祭時の際に身に付けるような衣服を身に纏った姿で現れた。ただ、神主というには若い。まるで円堂と対して変わらぬ年の差の少年がそこには立っていた。少年は何の挨拶もなく円堂に近付くと水晶を持っていた手を掴み凝視する。しかし、何かを落胆したかのように肩を落とすとその手を離した。
円堂は水晶を壊してしまったこと、触ってしまったこと、消えたこと、それから目の前の少年について言いたいことは山程あったのだが、少年の身に纏う空気というかなんとも表現し難い雰囲気に呑まれただ見返すことしか出来なかった。ただわかることは、これが夢でないのなら少年は人ではないであろうこと。それから少年の身に纏う空気はあまり良いものでないことを円堂は本能で感じとった。

きっとこれから、普通の日常には決して戻ることも出来ないであることも。






幕開け






(これは全てを狂わす物語のはじまり。)





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