これの続編



疑問は波紋のように広がる。もしもという不確定なものが、確定に変わる。否定すればするだけ、円堂の中では涼野とグランの言葉が脳内を巡った。けれど、グランと涼野とではあまりに違う。そう、違うのだ。治まらない胸騒ぎに帰宅途中にも関わらず道端で立ち止まると円堂は制服の上からきつく胸元を掴んだ。
何故こんなにも気になるのだろう。何故何でもないと思えないのだろう。馬鹿馬鹿しと思うには色々ありすぎて、けれども認めるには何か足りなくて。いや、何かではない。きっと己の気持ちが、なのだろう。ゆっくりと一呼吸し心を落ち着かせると、円堂は一歩踏み出した…筈だった。
「えっ」
しかし、足を前へ運んだ瞬間ぐらりと得体の知れない何かに捕らわれる感覚。それが過ぎたかと思えば、目の前の景色が一変していたのだ。違う、訂正しよう。一変という程ではない。景色は先程まで円堂がいた場と瓜二つなのだ。寧ろ、そのものと言ってもいいだろう。しかし、違うのだ。よく知る景色の筈なのに、円堂が今立っている空間は何処か異なる。勘でしかないが、この風景は、街並みは、見慣れている筈なのに違和感しか感じられない。突然の出来事に戸惑っていると、塀の上辺りから声が聞こえた。それもごく最近聞いたことのある声だ。
恐る恐る声のする方へ視線を向けると、そこには一匹の猫らしき生き物がいた。らしき、というのも、本来一つしかない筈の尾がその猫には二つも付いていたからである。珍しい猫もいるものだと考えていたら猫が、心底呆れたと言わんばかりに溜息を吐いた。猫が、である。その光景に円堂は口を大きく開閉させながら猫を指差した。
「人に指差すなって習わなかったのかよ。失礼なヤツだな」
猫はそう円堂に注意すると塀からぴょんと優雅に飛び降りた。しかし、猫が飛び降りた筈なのに地面に着地したのは人であった。しかも声だけでなく姿もつい最近目にした人物だ。しかも初対面の人間を意味もなく睨み付けてきた相手だろう。人違いでなければ。(残念ならが間違いなくその相手なのだが。)はて、見覚えはあり過ぎるのだが如何せん名前が思い出せない。円堂は二度目の対面というのに尚も睨み付けてくる人物を内から沸き上がる底知れない不安感に襲われながらも必死に視線を向けて記憶を辿る。と、そういえばグランが名前を言っていたのを思い出した。
「えっと…バー、ン?」
間違えでもしたら取って喰われたり、八つ裂きにでもされるのではないかという恐怖から恐々と口にした。すると名前を呼ばれた人物は深く息を吐くと見下すような視線で円堂を見据えるではないか。その態度に思うところが何もないわけではないが、恐怖が勝り生唾を飲み込むに留まった。バーンは表情から円堂の心情を察するも敢えてそれには触れず、三歩手前まで近寄ると前とは違い頭から足先と探るかのような視線を送った。そんな視線を向けるバーンにそういえばあの後色々あって有耶無耶になってしまったが、グランも似たような視線を送ってきたのを思い出す。一体何だというのか。円堂は不躾ともいえる程に視線を送ってくるバーンの様子をぼんやりと見ながら考える。まあ、考えたところで原因など円堂にはさっぱりなのだが。
無意識の内に見すぎていたのか。バーンは勢い良く顔を上げると初めて出会った時のように敵意を剥き出しにしてこちらを見ていた。敵意や嫌悪を隠すでもないそれに、まるで今復讐を遂げんとする雰囲気に知らず知らず円堂は生唾を飲み込んでいた。本能は逃げろと言うのだが、恐怖が勝り情けなくも足がすくんで動けない。どうすることも出来ず、立ち尽くすしかない円堂にバーンは「テメェ」と憎々しげに告げた。
「ここが誰の縄張りかわかってんのか?」
苛立ちも含まれた言葉に思わず、お前が勝手に連れてきたんだろ?!と言葉が出掛かったものの、賢明にも寸でのところで呑み込んだ。何故こうなったのか。早くも泣きそうになりながら考えていると、突如後ろから轟音と共に熱風が、橙を含んだ光が、まるでバーンと初めて対峙した時のような何かが起こった。同時に聞こえた耳に残る不快な絶叫…いや、断末魔の叫び声とでもいうものが辺りに響いた。
円堂は否応なしに理解する。何が起こったのか。バーンが向けていた敵意は自分ではなかったこと。そして、背後で何が起こっているのかも。けれど振り向けない。いや、向けないではない。振り向きたくないのだ。ある意味二度目ともいえる惨状は頭で理解出来ても、心はそれを拒否するのだ。結果的に円堂を助ける行為になったとしても円堂自身、それを見たくもないし、理解したくもないのだ。
現実と認めるのが恐いとかではない。それもなきにしもあらずだが、一番は嫌なのだ。きっと直ぐに霧や砂の如く消えて無くなるといえ、血のような液体。引きちぎられた一部。発狂でもしたかのような雄叫び。どれもこれも非現実的なそれは、確かに現実なのだと、聞こえた断末魔が、死臭が、震える空気が、横たわる物体が、飲み込んだ唾が、円堂の五感全てが伝える。夢ではないことを。
円堂は全てを遮断するかのように、瞼をきつく閉じた。






現実の定義とは、






(瞼を閉じようが、耳を塞ごうが、鼻を押さえようが、現実だと告げてくる。)







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