地獄の第三階層。
空は一面雲に覆われ、山頂に硫酸の溜まった池がある山が点在している場所。

私は今、"とある人物"から逃げている。
地獄(ここ)では”逃げる”という行為は珍しいことではなく、むしろ日常といってもいい。
毎日のように地獄の番人であるクシャナーダから逃げ回っているのだから。

けれど今回は、逃げるべき相手が違った。
その相手とは――

「お、こんなところにいたのか」

「うわぁ!?」

「『うわぁ!?』ってお前……もう少し可愛げのある驚き方しようぜ?」

「こ、黒刀には関係ないじゃん! ……って、なんで付いてくるの!?」

「んー? 俺もそっちに用があるから?」

――私と同じ咎人である、黒刀だ。

いつだったか……クシャナーダに追われ囚われそうになった私を、黒刀は助けてくれたことがあった。

そのときは、この地獄で他人を助けるなんてどんな人なのだろうと興味をもった。

しかし、その日を境に私と黒刀の鬼ごっこは始まったのだ。

私の何に興味を持ったのか、私が移動する場所に必ず出没しては毎回しつこく追いかけてくる。

最近はあまりにも、しつこいので無視することにしているのだが……

「なぁ、どこまでいくんだ?」

「…………」

「無視すんなよ。なぁ、琉璃ー?」

「…………」

「おーい、琉璃さーん」

「…………」

「……キス、するぞ?」

「……――っ!?」

「なんだ、ちゃんと聞こえてんじゃねぇか」

「な、なっ……なにしようとして!?」

「何って、キス?」

「〜〜〜っ。言わないでいい!!」

……私が無視をし始めるようになってから、こういう状況になることが多くなった。

初めの頃は無視をしていても永遠と付いてくるだけだったのだ。

けれど今では――
いきなり後ろから抱きしめられたり、
今のようにキスを迫られたり、
挙句の果てには「襲うぞ」とまで言われたこともあった。
……もちろんその時は、能力まで使って死ぬ気で逃げたので何事も無かったが……。

「……そういえば、黒刀の用事って何?(用があるって言ってたし……)」

「用事? あー、あれは別に大した用じゃ無いっていうか」

「?」

黒刀は隣を歩きながら困ったように微苦笑を浮かべ頭を掻いている。
(……何か変なこと言ったかな?)

「まぁ、細かいことは気にすんなって!」

「うん?」

頷いた私に、にかっと笑いながら、黒刀が私の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。

「うにゅ!? ちょ、髪ぐしゃぐしゃになるっ」

「ははっ、さっきは悪かったって! ほら、今度現世に連れてってやるから! 機嫌直せよー?」

「…………ケーキ、食べたい」

「ケーキね、いいぜ。とりあえず、いつ行くか決めないとな?」

「明日、とか」

「お、結構乗り気だな。おし! じゃあ、明日行くか」

「……うん!」

咎人として地獄に囚われ、クシャナーダから逃れる日々。

「二人で現世かぁ、デートだな」

「で、デート!?」

「そうだろ、ん? 顔、真っ赤だぜ」

「〜〜〜っ!!」

そんな地獄に、こんな穏やかな時間があってもいいと思っていたりする……今日この頃。


嫌いじゃない


(……そういえば、結局用事って何だったの?)
(あー、それは……)
((ただ一緒にいたかっただけ、なんだけどな))

2011.01.11




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