陽榎ちゃんが落ちた。ゆっくりと落ちていくのがわかった。死にはしないかもしれない、けど当たり所が悪かったら?もしかして、骨でも折ってしまったら?いやだ。陽榎ちゃんがケガするなんて耐えれない。そう思うと足はもう動いていて、その小さな背中に手を伸ばしてしまっていた。腕に確かな重みを感じて、それを優しく包み込むように抱き留めれば、そのまま俺は滑って行って壁に激突した。いたい。たしかに痛いんだ。けど、けど目の前にある確かな温もりに喜びを感じてしまう。やっぱり俺は末期だな。
「陽榎ちゃん?」
「へっ…」
「大丈夫!?」
「佐助、さん…?」
「うん、そうだよ。大丈夫?」
「あ、ああああありがとうございます!す、すいません!」
そう言って顔を真っ赤にする陽榎ちゃんは可愛い。ああ、俺勘違いしちゃうかも。陽榎ちゃんが俺を好きなんて限らないんだからそう思っちゃいけないのに、俺を好いていると思っちゃう。可愛い可愛い陽榎ちゃん。俺の目の前にいると捕まえたくなっちゃう。そんなことしたくない。けど、昨日見たのに、面と向かって話してないだけで何年も会ってないなんて感じる俺様ってやっぱり末期?まあ陽榎ちゃんを愛している証拠で嬉しいけどね。真っ直ぐに陽榎ちゃんを見ていれば後ろから人の気配がして急いで後ろを向けば…。
「父さん、母さん…」
「えっ、佐助さん?」
「あっ、紹介するね。俺の父さんと母さん」
「は、はい!お邪魔してます!!」
「いいのよ。いらっしゃいさーちゃんの…彼女さんかしら?」
「なっ!?」
「うへっ!?」
「そそそそんな関係では…!それに佐助さんは私にはもったいない方で…!」
「何言ってんの陽榎ちゃん!?陽榎ちゃんの方が俺にはもったいないよ!」
「佐助さんの方が…!」「陽榎ちゃんだよ」とお互いに終わらないような無限ループで話していれば、ああもうやっぱり陽榎ちゃんは可愛いと思った。一生懸命言ってる姿は誰にも負けないくらい愛らしくて、守りたいと思う。俺、この気持ちは捨てれない。本当に陽榎ちゃんが好きだから。そう思っていれば後ろから父さんの笑い声が聞こえて。気がつけば父さんが陽榎ちゃんの所にいて頭をぐりぐりと撫でている。ちょっ、それはダメだって父さん!俺の特権なんだけど!!
「そうか、君は佐助を…そしてあいつは君を…」
「何言ってんの父さん?って陽榎ちゃん困ってるじゃん!」
「ほー、君は陽榎と言うんだね」
「は、はい!小向 陽榎、高校一年ですっ!!!」
「そうか。陽榎ちゃん、ありがとう」
「へ?」
「えぇ。私からもありがとう」
俺でも理解できない「ありがとう」を連呼する父さんと母さん。当然俺がわからないんだから陽榎ちゃんもわからないだろうな、なんて思いながら陽榎ちゃんを見れば俺と同じように頭を傾げてした。父さんと母さん本当に幸せそうで、本当…どうしたんだろ?不思議そうに見ていればいつの間にか父さんと母さんはこっちを向いていて…え?
「父さん…母さん?」
「佐助。お前はいつ学校に行くんだい?」
「あ、それは…」
「もしかしてお家に居ないと他の方たちがうるさいから?」
「っ、その…」
「そんなことしなくていいんだ」
一瞬、一瞬父さんがなんて言ってるか分からなかった。そんなこと、しなくて…いい?もしかして、俺…普通に学校行っていい?普通にこの家に居てもいい?そんな望めないような気持ちも含めながら父さんと母さんを見れば、いつもより、そして何倍も優しい顔をして俺を見ていた。それを見ると酷く泣きそうになって、でも心の中にホワホワとした優しい気持ちができあがる。なんだろう。酷く心が暖かい、嬉しいんだ。
「お前が俺の、猿飛家の跡取りなんだ。誰がなんと言おうとお前しかいないんだ」
「そうよさーちゃん。貴方が好きなようにしなさい。お家のためなんて自分の好きなことできなくしちゃだめよ」
「俺…」
「それに、今したいことがあるんだろ」
「ちゃんと傍にいてあげなきゃダメよさーちゃん」
父さんと母さんの視線の先を見れば、陽榎ちゃん。そっか…やっぱり父さんと母さんには分かっちゃうんだ。でもそれが何よりも嬉しい。陽榎ちゃんが好きとかそんな気持ちじゃなくて家族にできる優しい気持ち。俺、陽榎ちゃんが好きなように父さんと母さんが大好きなんだ。きっと陽榎ちゃんが来なかったらこんなことにならなかったんだろうな。
「陽榎ちゃん…」
「佐助、さん?」
「ありがとう、陽榎ちゃんのおかげだよ」
「え、あの私は何も…」
「うんん。本当に陽榎ちゃんのおかげ、ありがとう」
感謝の気持ちを込めるようにして抱きしめれば緊張しているのか強張っていた。けど、それを解すように優しく優しくすれば俺の背に回った手の感触がある。ああ、やばい俺、幸せだ。
抱きしめた
(君が大好きだから)
(ありがとう、ありがとう)
(やっぱり大好き)
20100318