「阿呆か貴様は」
その言葉に翠は乾いた笑いしかでなかった。
ことの始まりは先程から始まった買い物にある。
「では選んでゆくぞ」
「はい…」
「茶碗などは色別に買えばよいな」
「へ?…あの…」
「なんぞ女」
「相手、の…好みは、必要、ないん…ですか?」
その言葉を聞いたとたんに彼は翠が買い物できていない理由が理解できてしまった。
こういった些細なことを事細かく気にしているから彼女は相手になにもできない。
それどころかどう行動していいのかわからなくなり、人と接することができなくなってしまった。
気遣いといえば気遣いだが、それも些か度の過ぎた気遣いである。
元就もそれがわかったため、もう言葉を吐いていた。
「阿呆か貴様は」
それが冒頭の言葉であった。
「よいか、貴様は世話をする側ぞ」
「は、はい」
「いちいち相手に気遣いをするでない。もう決めてしまったとでも言わんか」
「はい…!!」
「ではさっさと選ぶぞ」
そう言うと、すでにもう商品を物色し始める元就。
翠も慌てて近づき一緒に見ていく。
人から見れば強引で、少し冷たく、横暴なんて彼は思えてしまうだろう。
しかし、翠にはそれが優しさの裏返しに見えてしかたがないのだ。
実際には、ただ呆れて事実をつらつらと述べただけである。
第一、普段ならばこんなことを元親が言ったものならば焼け焦げよ!と言って、自身の輪刀で切り付けている。
世話になる人物だからこそ少しばかりの気を回しただけで、本来の元就は違う。
こういった勘違いにより元就の人格は翠の中で『優しい人』となっている。
それはいいことなのか、悪いことなのかは解らないが、翠の中では確実によいことである。
「あと買うものはないな」
「はい…」
「そうか。貸せ、我が持つ」
「え、…あ」
「行くぞ」
「はい…」
会計を済ませ、いざ帰るというとき元就は翠の持っていた荷物をふんだくるように奪った。
元就もさすがにプルプルと震える腕を見るとそうするかと思ってしまい、別にあの阿呆共のように良心でやっているのではない!と何度も心の中で言って翠の荷物を持つ。
まさかのその行動に目をパチクリとさせる翠だが、すぐにやっぱり優しい人なのだと思い少し見えないように笑ってしまう。
しかし、元就はそんなことを知るわけもなくずんずん進んでいく。
慌ててまた翠が追うような形になり、翠も急いで足を動かす。
するとずっと前を歩いていた元就が急に停止をし、翠はなんだろう?と思い彼の見ている視線の先を見た。
そして翠の瞳に映ったのは、太陽の絵が描かれた本が書店に並ぶ様子なのであった。
「女」
「え、はい…」
「これは日輪のことを指しているのか?」
「そう、です。太陽、は…日輪、です」
「そ、そうか」
書店に並ぶ本から一切視線を外さずに言った元就。
翠もそれを見て、凄く気になっているや好きなのかもと思った。
むろんその考えは外れてはおらず、元就は日輪が好きである。
彼が信仰するその日輪はきっとこの世で一番大切と言っても過言ではない。
故に、それが目の前にあるということは気になってしかたがないと言ってもいいのだ。
「こちらでは…、好かれているのか日輪は?」
「え、あ…その…」
目の前に日輪の本が存在すれば元就の質問にも納得してしまう。
しかし、翠はその質問に答えるのには些か引いてしまった。
なぜなら、現代人は比較的に太陽に感謝はしている。
だが、それは感謝をしていても好きではないのだ。
現代人は日焼けや紫外線といった現代病に悩み、好きとは言い難い。
故に翠の口から好きとは言えないのである。
そして、それは口をもごもごとさせる翠の様子に言わずもがな元就にも伝わった。
自然に深くなる眉間のシワ。
それはまさに彼の今の心情を表しているのであった。
当然翠とて元就の不機嫌さがわかり慌てたが、それよりも考えよりも先に彼女の口は動いていた。
「私は、私は…好き、です…!!」
「!」
「暖かい、ですし…光は、綺麗です…恵も…くれます!それに、一日の…元気を、くれます…!!だから、好きです…大好き、です!」
「り、力説するでない!!…だが、我も同じぞ」
「へ?」
「我も日輪が好きだと言っておるのだ!!」
元就の言葉に目をパチパチとさせたと思うと翠の顔は直ぐに喜色へと満ちた。
それが気恥ずかしいのか解らないが、元就の頬も少し赤い。
そして、彼の心臓は普段とは違う音を一瞬だけさせた。