いつからか忘れてしまった。
彼女が、ひかりちゃんがオレのことを『ツナ』って呼ばずに『沢田くん』なんて呼ぶようになったのは。
そんなことを覚えていないほどにオレは彼女との関わりが薄くなっていたんだ、って改めて思う。

吉野を虐めていたと思っていたときはどうしようもなく名前で呼ばれるのが嫌で仕方がなかった。
多分それは獄寺君たちにも言えて、名前で呼ばれる度に殴っていた。
−−今では決して違う。
名前で呼ばれないことがこんなにも苦しいなんて思わなかった。
当たり前だ。
彼女を追い詰めたのはオレ達なんだから。
簡単に許してもらえるなんて思ってない。
ひかりちゃんがあんなにも変わってしまったのはオレ達のせいだ。
クラスにだって入ってこなくなって授業はサボり気味。
ましてや学校に来なくなった日の方が多い。
ボンゴレとの同盟だってひかりちゃん達がもう破棄してしまった。
オレ達の関係なんてもうなにもないんだ。


「………」

「10代目?」

「! あ、なんでもないよ…」

「、ひかりのことだろツナ」

「−−!」

「今日も授業受けなかったな。それに、早退しちまったし」


「当たり前なんだけどな」って嘲笑したように言う山本を見て思わず胸が締め付けられる。
痛い、いたい、イタイ。
彼女はこれよりも痛い思いを心身共にしていたんだと改めて分かった。
オレ達が悪いんだ。
こんなにも悔やむなんてやっぱりオレはおかしい。
悔やむ資格なんてないのに。
たくさんたくさんひかりちゃんを追い詰めたのに、今更なんでまた悲しいなんて思うんだよ。
オレ達に笑う回数が少なくなったのも、吉野や京子ちゃん達ともう話さなくなったのも全部全部オレ達が蒔いた種じゃないか。
ズル過ぎるオレが嫌になる。


−−ドカッ

「え、」

「なんの音だ?」

「あぁ?−−っ!10代目アレを!」

「獄寺君、?−−ひぃっ!」


あまりに聞き慣れた音に思わず寒気がした。
多分、不良同士の喧嘩なんだろうな、くらいにしか思ってなくて早く立ち去ろう、なんて思っていたんだ。
けど、いきなりその角から飛んできたんだ。

血まみれになって、なにかに怯えるような不良が。

一体なんだっていうんだって思った。
獄寺君も山本も警戒していて、そうしたらコツコツとこちらに誰かが向かう足音が聞こえる。
一瞬にして身震いをしてしまう。
怖い、一体誰がこんなことをしたんだ…!?
警戒して角を見ていれば、ソレはゆっくりと現れた。
そして、−−出てきたのはあまりにも見たくない現実だった。


「え、…な…ん、で…?」

「ひぃいぃいぃっ!!!!頼むっ、わ、悪かったよ…!だから、だから…!」

「知らない。そんなこと私には関係ない」

「ひぃっ、っ−−ぐはっ!」


平然とそいつは不良を蹴った。
それも血を吐くくらいにだ。
あまりにも強い衝撃だったのか、不良は気絶して倒れてしまった。
でもそいつはその不良を汚いものでも見るかのように見ている。
嘘だ、嘘だよ。
なんで、なんでだよ…。


「−−ひかりちゃん…!」

「え…。あぁ沢田くんたちですか」

「なにしてんだよひかり!」

「んー?ゴミ処理でしょうか?」


平然と笑いながら言うひかりちゃんを見て寒気がした。
顔に不良の返り血が付いていて少し頬が汚れていて、それが更に寒気を促す。
でも、こんなことをなんで彼女はしている?
なんで笑っていられる?
なんでそんなにも冷たい瞳でいる?
不確かな疑問ばかりが浮かんでくる。
怖い、こんな彼女がオレは酷く怖い。
だって、オレは知らないから。
こんなことを平気でするひかりちゃんなんて。
−−だからなのかも知れない。
オレがあんなふうに彼女を平気で裏切れたのは。


「ゴミ処理って、…そんなことして良いわけねーだろ!?」

「なんでですか?」

「なんでって…人として最低だからだよ!」

「最低、ですか…」


そう反復した瞬間、ひかりちゃんの瞳は−−憎悪でいっぱいになった。
あまりにもその瞳はナイフよりも鋭くて怖かった。


「貴方たちだって同じだったじゃないですか」

「え、」

「ゴミ処理、そう名目打って私のこと殴ってたじゃないですか」

「−−っ!」

「毎日毎日嬉しそうな顔をして、殴って、蹴って…あまつさえ武器までだしてましたよ。貴方たちはそうしても許されるんですか?私が同じことをしたら罰せられるんですか?」


酷くその言葉が胸に刺さった。
そうだ、オレたちはひかりちゃんを殴るとき確かに言った。
「ゴミ処理をするために殴ってるんだよ」って。
そう言ったのはオレたちなのに…最低なんてオレたちもそうだ。


「私に関わらないでください。迷惑です」

「っ、でも…」

「ああ、それからコレは返しますね『雪のボンゴレリング』。同盟を破棄した今、貴方の守護者である必要はありませんから」

「ひかりちゃん…!」


軽く投げられたリングを受け取ると、ひかりちゃんは背を向けて去っていった。
残されたオレたちはうまく思考がついていかなかったんだ。
ただ、ただ、雪のリングが暖かくて−−どこか泣いているようにも見えた。



真っ赤な視界
(すべてが夢ならば…よかったのに)






20101122
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