ふわふわと雲に抱かれているような心地よい感覚。目を開けると、金…銀…蒼…宝石のようなたくさんの星。その星屑を集め、輝きを放ちながら流れていくミルキーウェイ。溺れてしまいそうな星空の中、一人横たわる私。

これは夢なのだろうか。考えてみるけれど、身体と同じように意識も曖昧で、ただこの不思議な空間に身を委ねている。身体の自由は利かないのに、気持ちはとても穏やかで心地良ささえ感じてしまっていた。



「こんばんは、此処は貴女の世界ですか?」



再び目を閉じようとした私に、綺麗なソプラノの声が聞こえた。静かに辺りを見回すと、一人の女の子が少し離れた場所に立っている。私と違って彼女は身体の自由が利くようで、ゆっくりと私の傍に近づいて来た。



『だれ?』


「あ、すみません。私は六道千代といいます」



白い肌、細身の体、長い睫毛、鈴を転がしたような可愛いらしい声…ぺこりとお辞儀をすると星の光を受けた藍色の髪がさらさらと輝く。妖艶とも言える美しい雰囲気を纏った彼女だが、顔を上げるととても幼く穏やかな目をしていた。



『千代ちゃんっていうの…私は、沢田奈々弥…。ごめんなさい、今…頭が回らなくて』


「そうですか、まだ慣れてないんですね」


『慣れてない…?』



微かに首を傾げる私に、千代ちゃんは穏やかに笑う。そして、私と同じく仰向けに横たわると、一つずつ丁寧に話をしてくれた。



「此処は幻想世界。詳しく言うと、奈々弥さんの意識の深層」


『私の意識…』


「普通は本人でも滅多に入り込めない世界です。けど、私みたいに少し特殊な能力<ちから>を持っていたり、本人もふとしたきっかけで迷い込んだりするんですよ」


『特殊な能力って…?』


「人と意識を共有しやすいといいますか…。自分でも不思議な能力なんです…」


『そう…』



自分に不思議な事が起こっていることはよくわかった。自身もそれは何の疑いもなく受け入れられる。



『幻想世界…ね…あ、ごめんなさい。千代ちゃんにばかり話させて』


「いえ、いいんです!幻想世界で会った初めての人ですから!いつもは一人で散歩したり、たまにお兄ちゃんとも…」



遠く空を見つめながら、千代ちゃんは楽しそうに話をしてくれている。その姿はとても素敵で繊細で、純粋な女の子そのものだった。
その姿に、妹を思うような愛しい感情が生まれる。この娘は純真無垢で、あるものをあるがまま受け入れる、心の清い少女なのだと私は感じた。



『お兄さんと仲良しなのね』


「とんでもない!いつまで経っても妹離れしてくれなくて、困ってるんです!」



急にムキになって反論する千代ちゃんに、私は面食らってしまう。"妹離れしない"という言葉に、私も一人思い当たる人を見つけ笑った。



『そう…!ふふっ、うちと同じ』


「奈々弥さんもですか!わーっ、凄く親近感が湧きますね!」


『そうね。でも…危なっかしくて目が離せなくて、私の方も兄離れが出来ないところもあるんだけど…。双子だから…っていうのも一つの理由かな。生まれた頃からずっと一緒だったから』


「そう言われると…私もなんだかんだ言っても"しょうがないな"と思ったりして、甘やかしちゃうんですよね…」



ふっと考えに耽ってお互い無言になった。目の前に広がる星空は、時間の流れを感じさせない程に永遠と続いている。小さく深呼吸をすると、澄んだ空気が身体中に巡り、曖昧だった意識が徐々に覚醒していった。



『それにしても、不思議な世界ね…』


「奈々弥さんの世界ですよ?」


『そう…よね』


「でも、私もこんな世界は初めてです。私やお兄ちゃんがいつもいる世界は、暖かい日差しと花がいっぱい溢れた草原のような場所ですから」



その風景の一つ一つを思い出すように、千代ちゃんはゆっくりと語る。"暖かい日差しと花がいっぱい溢れた場所"それは、人が求める楽園そのものの姿で…。対して私の世界は、星空が埋め尽くす空間…これは何を意味しているのだろうか、私は急に不安になった。



「ふふっ、お兄ちゃんに言ったらきっと羨ましがるだろうな。こんな珍しい世界に行ったなんて」


『ねぇ、千代ちゃん。私の世界って、そんなに変わってるかしら』


「はい、それはもう。あ、変わってるといっても悪い意味じゃないんですよ。素敵な世界です」



そう言って笑うと、千代ちゃんは広い星空を抱くように大きく手を伸ばす。その言葉で不安が消える事はなかったが、私も真似て両手を空にかざした。指の隙間から、キラキラと星の輝きが見える。零れ落ちてしまいそうなその光を、私は儚く愛しく思った。



「夜を統べる星空は昼を制する大空と相対するもの、大空が全てを包容し導く空なら、星空は全てを平等に見守る空。」


『全てに平等…』


「この世界は貴女自身を映す鏡。きっと現実世界での奈々弥さんは、皆にとってかけがえのない存在なんですね…うん、やっぱり、そんな気がします!」



突然起き上がり、私の手を握り締める千代ちゃん。その目は星の光を受けてか、はたまた彼女自身の光なのかキラキラと輝いている。
ふと…左手に違和感を感じ、心ちゃんから片手を離して手のひらを見る。するとそこには、一粒の宝石が握られていた。群青色の原石の中に、金銀蒼に輝く光の粒が閉じ込められている。



『…これって…ラピスラズリ』


「私からのプレゼントです。本当に、楽しい時間を過ごせたから…お礼に」



その宝石は、まるでこの星空そのもののように美しく輝いている。"ありがとう"とお礼を言うと、千代ちゃんは照れくさそうに笑った。
星空の輝石、見守る星の光、ほぅと魅入っていると、視界が徐々にぼやけ始めた。



『あ…あれ…千代ちゃ…ん?』


「そろそろ…目を覚ます時間ですね」


『…そんな…、待って…!私まだ…貴女と一緒に…!』



何処か寂しそうに言う千代ちゃん。このままお別れになってしまうのかと思うと、言い表わせない寂しさと切なさが溢れてくる。私は彼女の手を離すまいと、繋いだ右手を強く握り返した。しかし、私の手は彼女の手をすり抜けて空を切る。霞んでいく視界の中、私を安心させるように優しく笑う千代ちゃんが見えた。



「大丈夫です。きっと会えますから。…絶対、さが…だして…」



最後の言葉を聞き取る事は出来ず、私の視界は暗闇に沈んだ―‐



『……っ…だめっ!』



勢いよく飛び起きると、そこは見慣れた私の部屋だった。カーテンの隙間から漏れる朝日に、私は現実に帰った…目が覚めた事を実感する。
さっきまでの不思議な出来事が嘘のようだったが、固く握り締めた左手を開くと、一粒の宝石が朝日を浴びて輝いた。



《大丈夫です。きっと会えますから。》


『…うん、きっと会おうね』








星空の宝石-ラピスラズリ-





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