馬に乗っている時独特の揺れはいつの間にかおさまっていた。浮遊感を感じた私はゆっくりと目を開けた。
私はこの場所に見覚えがあった。
見渡す限りの花畑──ここは小十郎とよく来た場所だった。
男性は胡座をかいて座ると私をその上に座らせた。そして優しく私の頬を撫でた。
刀を握った為になっただろう固い掌は大きくかった。私はこんな男らしい手を知らない。だけどこの優しい手つきは知っている。
私を包むこの逞しい身体を私は知らない。だけどその身体から香る香りを懐かしく思う。
『こじゅ、ろ?』
「あ?」
胸が熱かった。
涙が頬をつたい小十郎の手に流れていく。
『…本当に小十郎なの?』
「当たり前だろ」
そう言う小十郎の表情は優しいものだった。
『…バカ…小十郎のバカ!』
今まで溜まっていた沢山の思いが怒りとなって爆発した。
『何が"ずっと一緒に居よう"よ!そんなこと言って離れていったのは小十郎の方じゃない!嘘つき!』
ドンっと小十郎の胸を叩いた。小十郎はそんなことは気にせず私の涙を拭った。それはあまりにも優しく壊れ物を扱うような手つきだったので、怒り始めたばかりだというのに私の怒りは鎮まってしまった。
『寂しかったよ…花畑も川も山も洞窟も小十郎が居なきゃ楽しくないし…座る時小十郎の膝の上じゃなきゃお尻は痛いし…走る時に私を引く手も後ろ姿も、抱き締めてくれる優しい腕も何もかもが恋しかったんだよ…』
「…悪い」
『…』
「今更だが迎えに来たんだ。今度こそずっと一緒に居よう…否、ずっと俺の隣に居ろ。」
そう言う小十郎は真剣そのもので私は小十郎から目が逸らせなかった。
「千代、愛してる」
END