ぽかぽかと暖かいある春の日、私は初めて小十郎に会った。
その日私はいつも通り朝起きて顔を洗い、朝餉を食べて午前中はお琴と舞の稽古、午後になると机に向かって勉学に励んでいた。
いつも通りの繰り返しだった。ただ違ったのは
「お前はいつも勉強しているんだな」
私に話しかける人がいたこと。
風が通る様にと開け放していた戸から外を見ると垣根の向こう側に男の子が立っていた。
男の子は、"よっと"という掛け声と共には垣根を飛び越えた。
『あなたは誰?』
「そんなのは後だ。行くぞ。」
それだけ言うと男の子は私の手を掴んで走り出した。
そのまま裏門から屋敷の外に出て人気の無い道を走り森に入っていく。
『待ってよ!どこに行くの!?』
「すぐそこだ」
その時、甘い香りがして目の前に綺麗な花畑が広がった。
男の子は私の手を引いたままその中に入っていき胡座をかいた。そして私をその上に座らせた。
『お、降ろして!』
「駄目だ。地面に直接座ったら着物が汚れちまう。」
男の子は私が降りないようにと私を抱き締めた。
『あ、の…あなたの名前は?』
「小十郎…片倉小十郎だ」
『…片倉…米沢八幡の…』
「そうだ」
片倉家は神職の家系で現当主が米沢八幡の宮司をしている。
片倉小十郎景綱は片倉家の次男。母の境遇や後妻との子、既に正妻との間に男子が生まれていることなどから小十郎への風当たりは強いと聞く。
『私は千代』
「知ってる」
『えっと…帰ってもいい?勉強しないと怒られちゃう…』
「駄目だ。バレなきゃ怒られないだろ。」
『そうだけど…』
「いつも勉強や稽古してんだ。たまには息抜きも必要だ。」
『でも勉強しなきゃ…』
「千代は勉強が好きか?」
『ううん』
「ならいいじゃねぇか。いつも部屋に籠ってばかりじゃ気が滅入っちまう。これからは俺が連れ出してやるからついてこい。」
『で、でも…あの…』
「お前は"うん"って言えばいいんだ」
『う…うん』
「よし!遊ぶぞ!」
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