砂利の音でようやく我へと返った蒼空は、自分の居た場所に思わず驚いた。
ハルに殴られ、ふらりふらりとあの場から消えた蒼空。
気がつけば蒼空は学校に来ていて思わず苦笑してしまう。
その時にピリッと口の中が痛くなり、頬に手を沿えればそこは酷く熱っぽく、なにより痛かった。
顔を歪めれば、なんとなくそんな自分が嫌になってしまう。
「最低…」
ぽつり、自然と出た言葉に胸が締め付けられる。
ずっとずっと聞きたくなかった言葉。
先日、友とより仲良くなったことで前に進むことができた蒼空は思っていたのだ。
−−少しは自分の存在が認めれると。
だが、どうだろうか。
先程ハルに言われた。
『最低』、そう蒼空は罵られた。
その時ギュッと胸が苦しくなったのを覚えている。
どこかでわかっていたのだ。
それでもやはり、少しは自分の存在を認めたいという気持ちがあった。
だからこそ、ハルの言葉を聞いてひどくショックを受けたのだとわかる。
「私は、やっぱり…」
「おっす!蒼空」
「え」
「珍しいな、蒼空がこんな遅い時間に来る、な…ん…!」
ゆっくりと振り向いた蒼空と後ろから野球バックを持って話しかけた山本と視線が合う。
最初は笑っていた山本も振り向いた蒼空の頬と口の端を見て、一瞬にして険しい顔つきへと変わる。
−−当たり前だ。
山本にとって彼女は大切な女の子である。
ましてや女の子である、彼女の顔に傷がある。
それは、久々に山本がキレるには十分過ぎた理由であった。
なによりもそれが人に付けられたものでなければ、ここまでキレなかっただろう。
彼は野球をしていてよくケガをするためか、自分で作った傷と人に付けられた傷の区別はできる。
そのため、蒼空の傷が他人からの攻撃であるとすぐにわかってしまったのだ。
「誰だ?」
「え、」
「誰に殴られたんだ蒼空」
「ーっ!」
疑問なんて一切含まれていない質問に思わず蒼空の顔が青くなる。
あまりに山本の瞳が本気のためか目を反らすことさえできない。
山本は山本で蒼空の両肩をギュッと握って必死に訴えかける。
きっと、いや。
絶対に彼は相手がわかったら殴ってしまうのだろう。
それは蒼空自身にも十分に伝わる気迫だ。
余計に口ごもってしまう。
「それ、は…」
「言えねーのか?」
「その、」
「もしかして、女子か…殴ったの?」
「っ!ち、違うんです!!私が、私に非があって!!」
「でも女子なんだよな」
「ーっ!!」
思わず自身の口を覆えば余計にわかってしまった。
彼女を殴ったのは女子であると。
こんなにも必死に庇う辺り、山本にもなんとなく女ではないかと思えた。
だったならば、それは誰かと考えた時、一瞬自分のファンクラブを思いだしてしまう。
だが、朝という目立ちやすい時間帯ではやらないだろし、朝は稀に風紀委員が立っている。
そんな自殺行為はしないだろう、とそんな結論に達する。
では、誰が…−−?
「蒼空…」
「ぜ、全部私のせい、なんです…」
「……」
「私、私…」
「とりあえずクラス言って先生に事情言って保健室いこーぜ」
「あ…」
「そんなんじゃ、授業受けれないだろ?」
蒼空の手を握り歩きだす山本。
怒り…殴った奴へ対する怒りは収まっていない。
だが、いつまでもこうしているわけにもいかない。
ましてや蒼空の怪我が治りにくくなってなってしまってはいけない。
そう考えるとやはり怒りはあるものの、彼女を優先しなければと思う。
戸惑っている彼女を見てもそうしなければ、そんな気持ちが山本を動かす。
−−きっとこんなのが、大切に思う気持ちなんだよな。
その、小さな手が山本には更に小さいものに思えてしまった。
きっと、それは彼女だからなのであろう。