走って走って、ずっと獄寺君を探す。
追い掛けても私の足じゃ追いつかないのはわかってはいるんですが、あんなにも苦しそうな獄寺君を放置することなんてできません。
そう思い必死に走ればだんだんと並盛神社が見えて来ました。
「ここじゃ、ないのかな?」
「じゅ、10代目…!」
「獄寺君!」
苦しそうな獄寺君の声が聞こえて上を向けば案の定、並盛神社の木の近くで座り込んでいる獄寺君を見つけました。
急いで駆け上がればまだ苦しそうに呻いていて、本当に大丈夫かな。
とりあえず日向はまずいと思って軽く獄寺君の手を握りながらゆっくりと神社の裏へと連れていく。
ここなら大丈夫かなと思い座らせて苦しそうな獄寺君の頭を私の肩へと運びます。
「10代目!?」
「ごめんなさい。膝とかの方がいいんですが、さすがに獄寺君嫌ですよね?」
「そ、そんなことは…!」
蒼空はわかっていないが獄寺にとって蒼空という人物は特別なのだ。
周りの女子とは比べものにならないほどに大切な存在だと思っている。
それが恋心なのか彼にはまだ理解できてはいないことをここに記そう。つまりは獄寺は蒼空になにをされても拒否はしないということだ。
しかし、彼は結構初であるのも事実。
女子なんてうるさいものと認識が強いため、あまり近づけさせはせず、こんなふうに触れるのも初めてである。
そのためか蒼空の髪から漂う優しい花の香りにもんもんと耐えているのである。
当の本人、蒼空はまったくと言っていいほどに理解していないのだが。
「獄寺君、どうして急に具合が悪くなったんですか?」
「10代目はさっきの人がアネキって知ってますか?」
「リボーンから聞いてはいます」
「そのアネキとオレは8歳まで一緒に住んでいたんです。
そしてうちの城ではよく盛大なパーティーが行われていたんですが、オレが6歳になった時、初めてみんなの前でピアノを披露することになったんです」
思い返せばアレが悲劇の始まりだと獄寺は思った。
あの披露のパーティーさえなかったならばこのふざけた体質も、恐怖も体験することはなかったのだ。
姉の想いは確かに篭っていたはずだが(そうであってほしいと切に願う)アレは死ぬ一歩手前のものである。
「その時アネキが初めてオレのためにクッキーを焼いてくれたんです」
−−そう、それが悪夢の始まりだった。
「それが彼女のポイズンクッキング一号でした−−…」
そんなことを当時の獄寺はわかるわけもなく、純粋にお礼を言って食べたのだ。
しかし、ビアンキのそれはポイズンクッキングだった(すべての料理もなるのだが)ために当然獄寺は苦しんだ。
それはもう三途の川を見るくらいに。
「もちろん当時クッキーを食べたオレは激しい目眩と吐き気に襲われ、ピアノの演奏はこの世のものとは思えないものに…」
そんな壊滅的な演奏だったのだから評価は最低なものだと思われた。
しかし、それは違った。
それが獄寺の地獄の始まりだ。
「でもそれはほんの序章でしかありませんでした。
そのイカレた演奏が高く評価されてしまったのです。
気をよくした父は発表会を増やし、アネキにその度にクッキーを作らせたんです。
その恐怖が体にしみついて今ではアネキを見るだけで腹痛が…」
あの時なぜあの演奏が高く評価されたのかなど当時の獄寺にはどうでもよかったのだ。
ただ、その死ぬほどまずいクッキーを食べることが一種の恐怖であり地獄である。
何度逃げても捕まり、また食べさせられ苦痛を伴う。
それは8歳まで続いた無限のループである。
「じゃあ獄寺君…」
「ええアネキが大嫌いです」
あんなにもまずいものをプレゼントするような姉が獄寺は嫌いだ。
そう思っていた。
いや、彼女の言葉がなければ。
「じゃあ獄寺君は大嫌いじゃないんだね」
「え…−−」