好きか嫌いかで表すならば
彼女は好きとなるのだろう
けれど、何故か腑に落ちない
霧がかったように晴れない思いが
大きく広がった
***
「斉藤さん?どうかしましたか?」
「いや……」
不思議そうに俺を見つめる彼女に、自分の意識がどこか違う場所に行っていたことに気が付く。
いつからだろうか、彼女と話していると度々、このような事が起きる。
初めのうちは、無意識の中に彼女を嫌っているのかと疑ったが、それはどうも的を得たものではなかった。
遠くにいる彼女の声はやけによく聞こえるのに、こうやって一対一で話しをすると意識は別の方へと向かってしまうのだ。
「最近……何か考えて事をしてらっしゃるように見えますけど、何か悩みでもあるんですか?……もし、私でよければ……あの、そんな頼りにはならないとは思いますが……話を聞くくらいなら」
「いや……悩みというほどの事ではないのだが……」
心配そうに、自分に対して気遣いを見せる彼女に何とも言い難い気分になる。
浮き足立つような、けれども緊張感に身を固くしてしまうような、感じたことのない感情が芽を出すのだ。
「じゃあ……やっぱり、私の話がつまらないのでしょうか……?……自覚はあるんです!斉藤さんを楽しませるような話は出来ていない……かと」
自分でそう言って落ち込んでいく彼女の華奢な肩に手を置く。
すると、また、あの感情が芽を出してくる。
「あんたの話が楽しいかどうかは分からないが……こうやって座って同じ景色を見るだけでも、俺は充分に楽しいと感じている」
それが今の自分に分かる、正直な感情だ。
分からない事は表現しようがないが、この緊張感と浮き足立つ気分は、悪いものではない。
どちらかといえば心地好くて、その時をもっと過ごしたいと思ってしまうほどだった。
「……もしかすると、安心をしているのかもしれないな」
「へ?安心……ですか?」
少し驚いた表情で、答えを求めるようにそう言った彼女と視線を合わせる。
「いつも何かを考え行動をしているが、あんたといるとその必要がない……無心でいられるのだろう」
彼女は俺の言葉に数回まばたきを繰り返すと、嬉しそうに瞳を輝かせた。
その瞳の中に無数の星が煌めいた気がして、思わず魅入ってしまう。
「それって……私を信用してくださっているということでしょうか?」
いつも以上に凛とした声に「ああ」と頷くと、彼女は花が咲いたように笑った。
その笑顔を見ると、また、あの感情が芽を出し、そして花を咲かせる。
心臓がどくどくと速く脈を打ち、運動をした後のように体が熱くなった。
こんな経験は初めてだ。
「ありがとうごさいますっ!」
「……礼を言われる筋合いは無い」
自分の中に咲い花を隠すように、視線を外してそう言えば、彼女は嬉しさを滲ました声で否定する。
「いえ!私は何も出来ないのに……そんな風に信用してくださっているなんて、感謝してもしきれないくらいです」
その言葉が謙虚な彼女らしく、いつのまにか自分の口角が上がっていた。
この感情が何かなんて、あまり気にする必要はないのかもしれない。
確かなことは、彼女の側にいたいと思った事、そしてこの笑顔を守りたいと思った事。
彼女にしか感じることのない、特別な感情。
いつか、それが分かったとき、彼女に伝えればいい。
その日まで、彼女と自分の人生が今と同じように交わっていることを願おう────
***
斉藤さんは無口だけれど、とても信頼できる人だ。
だんだんと分かってきた、少しの変化。
それは、斉藤さんという人の少しの変化。
刀を見る瞳は無限の輝きを放ち、土方さんの言葉を受けとるときは誰よりも真摯に凛として、原田さんや平助くんや永倉さん達を注意するときは厳しくても優しい瞳をしている。
気をつけないと見逃してしまうほど少しの変化。
それが私は大好きだった。
だから、私に初めて笑いかけてくれた日には、心が温かくなって、嬉しさが身体中を駆け巡った。
ああ、これは私に向けた少しの変化でいいのかな。
何か特別になりたいというわけではないけれど、斉藤さんの中で私という存在が何か意味があるものになったらいいな。
そんな変な願望も、斉藤さんの言葉で叶ってしまった。
『……もしかすると、安心するのかもしれないな』
『いつも何かを考え行動しているが、あんたといるとその必要がない……無心でいられるのだろう』
いつかこの喜びを斉藤さんに話してみたい。
これから私と斉藤さんの行く道が同じように続いていくと願いを込めて────
***
もし、少しでも運命が同じ道を辿ったならば
その時は────
全てを言葉にしよう