手にナイフを
足に斧を
心に鎖を
それが私の償いになる
***
薄暗く、湿った地面を裸足で歩く。
足が汚れることを気にすることもなくフラフラと歩く私は、どうすればいいのか分からなくて、迷子のようだ。
「……お父さん…………」
誰よりも信頼していた家族の裏切り。
今思い返すと、信じぬこうとしていた私は、さぞ馬鹿な女だったことだろう。
星すら見えない真っ暗闇の夜空を見上げれば、頬にポツリと雨が降ってきた。
それを拭うと、また雨が頬に降ってくる。
ポツポツと降る雨が、バケツをひっくり返したような激しい雨に変わり、私の体はびしょ濡れになった。
「……っ……ふっ……」
冷たく私を包む雨は、私を慰めることもせずに無情にも体を濡らす。
流れる涙さえも、私を見放していく。
「……どうして…………私は、生きてるの」
誰か答えて。
***
「おい!チチナシ!」
いつものように部屋に入ったが、その姿はいない。
ベッドに残された十字架のネックレスだけが、そこに存在していた。
「……あいつ、どこ行きやがった」
最近、夢遊病のように一人で出歩くことがよくある。
その為、監視するようにしていたのだが、今日は油断していた。
「チッ」
窓に打ち付ける雨を見ながら、俺は捜すために外へと出ることを決めた。
***
寒い。
雨のせいで芯まで冷えた体が震える。
もう死んだって構わないのに、生きるための動物の本能が、体を温めようとして自分自身を抱きしめた。
「……助けて…………」
誰に?
私を助けてくれる人なんて、この世に存在しない。
私を温めてくれる人なんて、いない。
「……おい、チチナシ」
頭上から聞こえた声に顔を上げれば、私と同じように雨に濡れたアヤトくんが、私を見下ろしていた。
「……ア……ヤト……くん」
寒さで震える唇から出た声は、雨音にかき消されてしまいそうなほど、弱々しかった。
たぶん、アヤトくんには、届いていないだろう。
「……帰るぞ」
暗闇の中、キラリと光るアヤトくんの瞳が私を映し、震えが酷くなる。
「…………どこに……帰るっていうの?……私の居場所は……あそこじゃない……」
「お前の帰る場所は、ただひとつ。……俺の元だ」
細められた瞳に、私は恐怖するしかない。
震えていたのは、体だけじゃなくて、心もだ。
そう思った瞬間、目の前が真っ暗になって、私は意識を手放した。
***
雨に濡れて真っ青になっていたユイは、震える唇で俺の名前を呼んだ。
何故、逃げ出そうとする?
どう足掻こうが、逃げることなど出来ないことを理解しているはずだ。
グラリと傾いた体を支えると、意識を失ったユイが荒い息を繰り返していた。
「……逃げれると思うな」
この女に、幸せな未来など存在しない。
あるのは、地獄のみだ。
だから、
「……ちゃんと捕らわれておけよ」
逃げるたびに、お前は死にたくなるだろうが。
***
戻ってくる意識に、目を開けると、見覚えのある天井が視界に映る。
アヤトくんの部屋だ。
右手に重みを感じたため、視線を向ければ、アヤトくんが私の手を枕代わりにして眠っていた。
「アヤトくん……」
小さな声で呼ぶと、アヤトくんのまぶたがピクリと動き、開いた瞳が私を見つめる。
そのまま、言葉を発することなく見つめ合っていると、アヤトくんの手が私の頬へ触れた。
「なぁ……ユイ。お前は、罪を犯したんだ。…………だから、俺の傍にいることが罰で、償いなんだよ」
その言葉を理解するまでに及ばず、アヤトくんの唇が私の唇へと触れる。
そのキスは、震えるような優しいキスで、アヤトくんの言葉が理解できた。
私を助けてくれるんだ。
だんだんと深くなっていくキスに応えるように、アヤトくんの首にすがりつく。
「っん……」
私は、楽になれる。
彼の傍で罪を償うことで、私は救われる。
あとは、快楽に身を委ねるだけ。
罪人の私は
涙を流しながら 愛を知る