ねぇ、アリス
あなたは、愛されるために生まれたの
そう、全てから愛されるために
*─*─*
表現しきれない、色んな色が混ざったような不思議な空間が目の前に広がる。
そこに存在するのは、顔色の悪い美青年。
『やぁ、アリス。……泣いていたのか?目が赤い』
「……ナイトメア…………久しぶりね、夢で会うのは」
気分が落ち込んでいる今、ナイトメアの顔を見ると余計に落ち込みそうだ。
『失礼なことを言うな』
「……こんな時に、顔色の悪い人なんて見たくないの」
ついさっきまで泣いていた自分が馬鹿らしい。
この世界で泣いて解決することなんて有り得ないのに。
地面という地面が存在しない、自分の足元を見つめていると、ナイトメアが私の顔を覗き込んだ。
『あまり思い詰めるんじゃない。……もっと楽に生きたらどうだ?』
「……それが出来たら、こんなに悩まないわよ」
拗ねるような私の態度を咎めることもなく、ナイトメアは『それもそうだな』と納得してしまう。
「……私、嫌なの。……ひとりでいると寂しくて……誰かが一緒に居てくれなかったら、息ができなくなる…………。そんな風に、この世界に依存している自分が嫌になる」
どこまでも浅ましい自分が大嫌い。
愛されることを望むくせして、自分から踏み出すことを恐れている。
なんて、嫌な人間。
『……アリス、君は幸せになるべきだ。それ以外に、君の進む道はない。…………だから、足掻くのは止さないか』
心に突き刺さる言葉。
幸せなんて、私はいらない。
欲しいのは……
「私は……永遠が欲しいのよ。変わらないものが欲しいの」
誰か、誰でもいいから、私を安心させてよ。
*─*─*
「アリスっ!わたしに会いに来てくれたんですね!!」
真っ赤な城に足を運べば、真っ先に出迎える白うさぎ。
潔癖症な彼にぴったりな白。
「ペーター……会いにきたの。…………一緒に居て」
最後の言葉まで聞こえただろうか。
掠れる声に、ペーターの耳がピクリと動く。
強く握った自分の手は、鬱血しそうだ。
「アリス?……どうしたんです?」
心配そうに駆け寄ってくるペーターに、安心する。
そして、安心した自分に嫌悪する。
「アリスっ!そんなに強く握っては、爪で肌が傷ついてしまう!」
強く握る手に気づいたペーターが、私の指を一本づつ開いていく。
嫌だ。
こんな自分、嫌だ。
「アリス……」
「嫌……怖い…………助けて……ペーターっ」
辛そうに歪んだペーターの瞳には、醜い私が写っていた。
どうにもならない感情の揺れが、私をおかしくさせ、孤独にする。
泣き崩れて地面に座り込む私を、ペーターは包み込むように抱きしめた。
それでも私の感情の揺れは治まらない。
「ペーター……ペーターっ」
「大丈夫です。アリス。……わたしは、アリスの傍に居ますよ」
*─*─*
穏やかな表情で眠る彼女を見つめる。
狂ったように、わたしの名を呼んだ彼女をどこまでも愛おしいと感じた。
彼女の発作のようなあれは、ひとりでいると起こるようだ。
フラフラとした不確かな彼女は、壊れかけている。
「……早く、壊れて下さい」
わたしが望むのは、彼女の幸せ。
そのためには、壊れてしまわなければならない。
彼女は、全てから愛されるべきなのだ。
それを邪魔する理性など、必要ない。
「あなたが壊れてしまう日を……心待ちにしてます」
*─*─*
「ペーター?」
「はい?何ですか、アリス」
重たいまぶたを開けると、そこには赤い瞳。
綺麗に整えられた部屋は、ペーターの部屋であることが分かる。
手袋越しじゃないペーターの手の感触に驚くと、ペーターがニコリと笑いかけてきた。
「大丈夫ですか?」
「ええ。…………なんだか、この部屋、凄く落ち着くわね」
何もない殺風景な部屋なのに、まるで自分の部屋のように落ち着く。
部屋を見渡していると、ペーターがジッと私を見つめていた。
「アリス……」
赤い瞳がキラキラとして、逸らすことを許さない。
ペーターの頬に触れると、驚きで瞳は見開かれる。
「ペーター……ずっと一緒よね?」
「はい……」
頬に触れている私の手にペーターの手が重ねられ、息が詰まるような甘い感覚が体を駆け抜けた。
私は、おかしい。
どうして、ペーターにそんな感情を持つのだろうか。
「大丈夫です。アリス。……わたしは、あなたを愛していますから。…………どんなあなたでも、愛おしい」
耳元で囁かれる言葉は、悪魔の誘いのようで、私を誘惑する。
私が望んでいたものが、手に入るのだ。
彼に好きだと、愛していると言えば、私は安心できる。
この世界で生きることができる。
「ペーター……好き………」
「わたしも愛しています」
美しさは、孤独から生まれる