籠を用意しよう
ひとりの少女の為の籠を
宴の準備をしよう
ひとりの女の為を宴を
─*─*─*─
「ちょっとブラッド!?これはどういう事なの?」
優雅にオリジナルブレンドの紅茶を飲んでいると、騒がしげにアリスが近づいきた。
「どういう事とは、どういう事かな?」
怒り狂ったようなアリスにそう聞けば、目の前に突きつけられるメッセージカード。
「お嬢さん……これじゃあ近すぎて見えやしないんだが…」
「見なくたって、これが何か貴方なら分かるはずよっ!」
まぁ何かは分かるが、わたしにはどうしようもない。
「結婚式の招待状……だがどうしかしたかい?」
目の前に突きつけられたメッセージカードをアリスの手から取り上げチラリとみれば、ブラッド・デュプレ&アリス・リデルと書かれており、その周りを薔薇でできたハートが包んでいた。
「……なんで貴方と私が結婚なのよ!?」
「さぁ?…わたしにはどうしようもない」
紅茶が冷めてしまう前にカップを空にして、メッセージカード兼結婚式の招待状を机に置く。
そして、アリスに前の席に座るよう促すと、さもや嫌そうにしながら席に座った。
「………この招待状のせいで、周りの視線が痛いのよ」
「…それは、わたしのせいではないだろう」
しかめっ面になるアリスは何を考えているのか分かり易くて困る。
今は、この嘘の結婚式を周りにどう説明するか考えているといったところだろう。
「………それを作ったのはエリオットだ。文句を言うならあのウサギに言ってくれ」
この時間帯は、怠くて仕方がない。
仮眠でもしようかと立ち上がった時、アリスが急にわたしの腕を掴んだ。
「………ちょっと待って……どうしてエリオットが貴方と私の結婚っていう発想になったの?」
疑いの眼差しがわたしへ向けられ、真相を聞くまでは離さないと目が物語っていた。
頑固で妙に聡いアリスがわたしの嘘で言いくるめられるはずもなく、一度立ち上がったソファに座り直す。
「で?…貴方は何をしでかしたの?」
「…しでかしたという言い方は相応しくない。
そうだな……必然的にそうなった…とでも言おうか………。わたしはただ、あのウサギに君の為のパーティーを開こうと言っただけだ」
それをあの馬鹿ウサギは、何を勘違いしたのか普通のパーティーが結婚パーティーへと早変わりだ。
簡単なこの説明に納得したのか、アリスは、俯き考える仕草をした。
「……エリオットは…何でそんな勘違い…」
「……さぁ?まぁ、よくあることだ……」
これで話は終わりだと席を立とうとしたが、勢いよく開いたドアによって邪魔される。
そのドアを開けたのは
「ブラッド!パーティーの用意が出来たぜ!!…おっ…アリスも居たのか!!あんたの人参ケーキ用意してあるからなっ!」
気分が悪くなる程、テンションの高いエリオットだ。
***
「……ねぇ、エリオットにちゃんと説明してよ」
「……そう言う君こそエリオットに説明すればいいだろう」
綺麗に花で飾られたテーブルには、わたしとアリスが並んで座っている。
横で落ち着かない様子で座っているアリスは純白のショート丈のドレスを身にまとい、所謂ウェディング仕様というわけだ。
「………このまま誤解され続けたら、本当に結婚しなきゃいけなくなるじゃない…」
そう言って深い溜め息を漏らすアリスは憂鬱そうに空を見上げる。
そんなアリスを横目に、準備するエリオットを見ればオレンジ色の食べ物を楽しそうに並べていた。
「………あれだけは勘弁してほしいものだ」
─*─*─*─
どんどん進められていく結婚パーティーの準備。
横に座るブラッドを見ると退屈そうに紅茶を飲んでいた。
(……何、呑気に紅茶を飲んでるのよ)
どこかで誤解を解かなければと思うものの、これだけ準備を進めていくなかでは言い出しづらい。
しかし、言わなければ私は、このマフィアのボスと結婚しなくてはならなくなるのだ。
「ちょ……ちょっとエリオット!…話があるんだけど…」
人参ケーキに目を輝かせていたエリオットに呼びかけると、エリオットは「何だ?」と言ってこっちに走ってくる。
目の前に立って目をパチクリするエリオットに私は、話をきり出す。
「……あのね?……そのー…これだけ用意してもらってるところ…悪いんだけど………実は…」
「アリスはマリッジブルーになっているようだ。…エリオット安心させてやってくれ」
話し始めようとした時、それを遮るようにブラッドの声が被せられた。
しかもその内容は、誤解を解こうとするどころかマリッジブルーなどといった、結婚を順調に進めていこうとする意図が垣間見えるものだ。
「ちょっと!ブラッド」
「大丈夫だ!アリス!!ブラッドは、物凄く良い男だっ!心配なんかしなくても大丈夫だぞ!」
熱烈にブラッドの長所を言い始めるエリオットに、私は頭を抱えるしかない。
なんて事をしてくれたのだとブラッドを睨むと、ブラッドは面白そうにニヤリと笑った。
誤解を解くことが出来ないまま、いよいよ結婚パーティーが始まってしまう。
「………嘘でしょ…」
─*─*─*─
終わってしまった。
誤解を解くことが出来ないまま、パーティーは終わってしまった。
「…ブラッド……貴方、私と結婚しちゃったわよ?」
「……ああ、そうだな」
結婚パーティーを終えたというのにブラッドは飄々としている。
「…………ねぇ…どうして本当の事言わなかったの?ブラッドなら人に流されるなんて有り得ないわよね?」
「……君は人に流されたのか?」
ピタリと言い当てられた私の性質に、言葉が詰まる。
そんな私をブラッドは鼻で笑い、ゆっくりと口を開いた。
「別に拒絶する理由もないだろう。……そもそも、君がこの屋敷に来た時点で君はこの屋敷と結婚したようなものさ」
ブラッドの言ったことが呑み込めない私は、首を捻り考えを絞り出す。
その間も、ブラッドは面白そうに私を見つめる。
「………それって、どういう事?」
考えるのを断念して私がそう聞くのを待っていたかのように、ブラッドは満足げな表情になった。
「君がわたしと結婚してもしなくても、君はここから離れることは出来ない。……要するに、君は鳥籠の中の鳥…ということだ」
「……何よそれ…それじゃまるで私が」
「捕らわれている?」
思ったことを言い当てられ驚きで目を丸くしているとブラッドの手が私の頬に触れていた。
ブラッドの瞳に吸い込まれるように目を逸らすことが出来きず、沈黙して見つめ合う。
「……アリス…君は逃れることの出来ない所へ来てしまった。……わたしが君みたいな面白いものを手離すとでも?」
「何よ……それ」
固まる私をよそにブラッドは私の髪を弄び、口付けた。
そして、
「鳥を鳥籠に入れる為のプロポーズさ」
と、鈍器で殴られたような衝撃が体を突き抜ける。
捕らわれた訳ではなかった。
ただ、自分で選択してしまったのだ。
私の自由は、自ら下した決断によって消えていった。
存在するものにこだわり
いつの間にか掴んでいた鎖
それは、自由を奪う足枷