アリス
そう呼ばれれば、振り返り笑う
……誰に?
誰が私を求めるの?
それは、彼だけ
彼だけが、私を求めてほしい
─*─*─*─
「アリスっ!あなたと会えない時間が僕を狂わせる。さぁ、一緒に此処で暮らしましょう」
「…そうねペーター。それも、いいかもしれないわね」
真っ赤な城の真っ赤な薔薇。
その花びらを触ると、ベルベットのような心地よさが指を包む。
「……アリス。もしかして、熱でもあるんじゃ」
「失礼ね。……私は、全くもって健康よ」
心配そうに周りをウロウロする白ウサギことペーターは、そう言う私を眉を下げて見つめる。
(そんなに、この城に移り住むと言ったのが意外なのかしら)
このウサギなら、喜々として抱きついてくるかと思ったのに。
「…………あなたが、心から此処に住みたいと望なら僕は、歓迎しますよ」
そう言って微笑むペーターに、私は遠回しに、『本心は違うでしょう』と突き放された気がした。
ペーターの言った事に寂しさを感じた時、一段と強い風が私のスカートや髪を揺らす。
そして、同じ様に薔薇も大きく揺れた。
「…………赤い薔薇の花言葉って知ってる?」
「ええ、確か……『情熱』や『熱烈な恋』などがありましたね?」
ペーターは、花言葉の中でも薔薇らしいものを例に挙げる。赤という色にぴったりな花言葉だ。
「……あと……『模範的』、これも薔薇の花言葉のひとつなのよ?」
「………………なんともロマンチックさに欠けた花言葉ですね」
実際、現実的な花言葉だとは思う。
「まぁ、アリスらしいですがね」と付け加えたペーターに苦笑して、目の前の赤を見つめる。
強烈な印象を植え付ける赤い薔薇から香る匂いは、嫌でもあの人物を連想させた。
「…………どうしてなのかしら」
「何ですか?アリス」
小さく呟いたつもりでも、ペーターには聞こえていたようで、長い耳をピクピクさせて私を覗き込む。
「………ねぇペーター、私がブラッドから離れたいって言ったら協力してくれる?」
私は、薔薇を見つめたままペーターに訊ねる。
そして、長い沈黙の後に
「あなたが望むなら、僕は何だってしますよ」
とペーターは揺るぎない声で答えた。
視線をペーターに移せば、盲目的に私しか写さない彼の赤い瞳が私の瞳とぶつかる。
「…………ペーターは、いつもそうね。私が望めば……それを叶えてくれる」
「ええ!僕は、アリスに忠実なウサギですから」
誇らしげなペーターに私はため息が漏れた。
いつも望むのは私だけ。
あなたが望むことは無い。
「…………じゃあ、私がブラッドが好きだって言ったら、ペーター…あなたはどうする?」
ペーターの模範解答は、この質問にも返ってくるのか。
それを試す私は、この白ウサギに何を求めているのだろう。
「…………アリス…僕は…」
空虚な彼の中に私は居るはず。
なのに、私の中には不安しか居ない。