彼と君と僕 | ナノ



「あっ…あの、一ノ瀬さん……新しい楽譜が出来たので見てもらえますか?」

「…ええ、拝見させてもらいます」

何とも甘酸っぱい。
進展という進展は二人にはなく、微妙な雰囲気が漂っているだけ。
先輩としては、そんな後輩二人をくっつけさせてあげたいところだ。

「ねぇ…後輩ちゃん」

こっちを振り向いた後輩ちゃんに、こっちに来るよう手招きをした。
すると、小動物のように駆けてくる。

「何でしょうか?」

「後輩ちゃん?……ぼくとゲームしない?」

「ゲーム……ですか?」

不思議そうに首を傾げる後輩ちゃんに、ニッコリ笑いかけて、小さな声で

「名付けて…ラブゲーム!」

と耳元で言えば、後輩ちゃんの顔は真っ赤に染まる。
期待通りの反応を見せてくれる後輩ちゃんを微笑ましく思う反面、心配にもなった。

(こんなに、分かり易かったらゲームにならないなぁ)

これからやろうとしているラブゲームは、“トッキーを嫉妬させて告白まで持ち込む”というもので、隠し事が出来なければいけないのだ。

「…トッキーの気持ち確かめたくない?」

そう聞けば、後輩ちゃんは心配そうな顔になり、静かに頷いた。

(おいおいトッキー!後輩ちゃんに、こんな表情させて……大丈夫なの!?)

「じゃあ……このゲーム、参加する?」

「………は…い」

小さな声だったけど、ちゃんと聞き逃すことなく僕の耳へと届いた。
ルール説明をしようかと思ったが、近くにトッキーが居るところでするのは、気が引ける。

(バレたら元も子もないしね…)

仕方がないから後輩ちゃんに、仕事が終わったら会う約束をして、その場を離れた。



☆☆☆



「すみません!遅くなってしまいましたっ!」

そう言って肩で息をする後輩ちゃんに、急いで走って来たことが分かる。

「大丈夫!大丈夫!ぼくもさっき来たとこだから」

若干の嘘を交えたが、後輩ちゃんに気を使わせるわけにもいかない。
そんな僕の優秀なフォローによって、後輩ちゃんの表情は焦りから安堵に変わった。

「じゃあ早速、ルール説明といきますか!」




「まず後輩ちゃんとぼくが付き合ってる設定ね?それで、トッキーの反応を見る。少しでも、反応があれば続行。で、少しも反応を示さなかったら、そこでゲーム終了。ここまでは理解した?」

そこで言葉を止めて後輩ちゃんの様子を窺えば、後輩ちゃんは目をパチクリさせて頷く。

「続行した場合は、トッキーがいる時にぼくが後輩ちゃんを傷つけることを言うからね?……そこで、トッキーが後輩ちゃんをフォローしたり告白したら後輩ちゃんの勝ち。………トッキーが何も行動に移さなかったらぼくの勝ち」

簡潔的にサラリと説明して後輩ちゃんを見ると、瞳が潤んでいた。

(えっ!?)

説明の中に何か傷つけるような事を言ったのかと、もう一度頭の中で再生するが、全然検討がつかない。

「……後輩ちゃん………そのー…大丈夫?」

理由が分からなければ、何を言えばいいのか分からない。そのため、大丈夫としか聞けなかった。
すると、後輩ちゃんは涙をこらえて僕をしっかり見据える。

「………一ノ瀬さんが…何も……反応を示さなかったら……私……諦めないといけませんか?」

「…………………」

(物凄く好きなんだね……)

後輩ちゃんの真剣な瞳は、純粋な何色にも染まっていない白で、僕の心まで浄化されそうだ。
もし、僕がトッキーなら後輩ちゃんみたいな子、意地でも離さないだろう。

「………諦める必要はないよ。……そのかわり、僕が勝ったら僕とデートでもしよっか?」

「…デッ…デートですか?」

あたふたする後輩ちゃんが可愛くて、つい笑ってしまう。

「冗談だよ。……僕が勝ったら、曲作ってくれる?」

「…はい。作曲なら……」

後輩ちゃんが作る曲は、言葉では説明できない魅力があった。
誰もが惹かれるメロディーを後輩ちゃんは作り出すのだ。

「……じゃあ、ゲーム開始」


☆☆☆


「………え?これってどういう事?」

ゲームが開始したのはいいが、いきなり継続の危機を迎えている。

目の前にしゃがみ込み、涙を零し続ける後輩ちゃん。
それを見つめるトッキー。

僕が居ない間に、二人は修羅場を迎えていた。

「ちょっ…トッキー?……後輩ちゃん泣いてるよ?」

「………分かってます」

(いや、そんな無表情で言われても……)

何があったのか聞きたいところだが、そんな雰囲気ではないことは確かで…。

「………私は、仕事があるので、失礼します」

気まずい沈黙に終止符を打つかのように、トッキーはそう言って歩いて行ってしまった。
残された僕と後輩ちゃんは、トッキーの行った方向をジッと見つめる。

「………もしかして、僕のせいだったりする?」

目線を後輩ちゃんに移すことなく、問いかけた。

「………いえ……。…最初から……分かってた事なんです……一ノ瀬さんは…………私を選ばないって………」

ポツリポツリと後輩ちゃんから出てくる言葉は、トッキーが言った事を何となく悟らせる。

(『私は、この仕事に誇りを持っています。なので、他の事に構っている暇はありません』みたいな事を言われたんだろうな…)

自分の本心を隠してまで仕事を取るトッキーの気持ちも分からなくはないが、僕なら断然後輩ちゃんを取る。

(トッキーって馬鹿だなぁ)

今の状況を良くさせる方法はただ一つ。

「……ねぇ後輩ちゃん……こんな時に何だけど……僕と付き合ってるってトッキーに言ったよね?」

しゃがみ込む後輩ちゃんに合わせるように僕しゃがむ。

「……はい」

「じゃあ、本当に付き合っちゃおう」

「……はい?」

後輩ちゃんは、キョトンとしながら赤くなった瞳で、僕を見つめる。

「僕はさ、この仕事が嫌いなわけじゃないけど、トッキーみたいに、こだわりはないんだ。………それに、この仕事か後輩ちゃんを取れって言われたら、僕は迷わず後輩ちゃんを選ぶ」

その意味分かる?と後輩ちゃんを覗き込むように見れば、後輩ちゃんの顔は赤く染まり始める。

「……君を得ることが出来るのに、仕事を選ぶなんて有り得ない。…………トッキーが君を選ぶと思ってたから僕は諦めてたのにね。トッキーたら君の価値を知らなさすぎだ」

「…………」

黙る後輩ちゃんに、僕は苦笑して

「…………このゲームは、僕の勝ち。…だから、君の曲だけじゃなくて君もちょうだい?」

そう耳元で囁けば、後輩ちゃんは静かに手を握りしめた。








誰よりも純粋な君は、
純粋な彼より
誰にも染まらない僕を選ぶ


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