白銀の世界に | ナノ


あまり好きじゃない季節がやってきた。

誰もがこの寒さで辛い思いをしてるのに、何故こんなに寒くなる季節があるのだろう。

「寒っ…」

布団の中に入っていても寒さは遠慮なく僕に絡んできて、そのせいで何度も体を震わせた。


***


「ゴホッ……ゴホッ」

止まらない咳に、病を自覚されられる赤い血。それを見る度、死ぬことが怖くて仕方がない。

(皆が戦って死ぬ中、僕だけが病でカッコ悪く死ぬのだろうか)

目の前にある“死”というものは、どこまでも人を苦しめる。
どれだけ凄い偉人でも、どれだけ幸せな人でも、死を前にして平然としている人は居ない。

死は未知で、生きるもの全ての恐怖の対象だ。


……

………

「……沖田さん?」

布団の中で死について考えていた僕は、部屋の前に来ていた彼女の存在に気付かなかった。

「何?千鶴ちゃん」

そう返事をすれば襖が開いて、彼女が心配そうに僕を見つめた。

「…………もう少し早く返事をしてください」

“心配しますから”と真っ直ぐ僕を見据える彼女は、白い息を吐いていて、外の寒さを物語っている。
そんな中でも彼女は、水仕事をこなしていたのだろう、手が赤く霜焼けが出来ていた。

「……寒くないの?」

「寒いですよ?」

「だよね」

(……この季節に、寒くないって言うのは、あの筋肉馬鹿くらいだ)

僕の変な質問にも答える彼女は真面目で純粋で、たまに周りが驚くような事をしでかす。
しかしそれは彼女の本質で、彼女は誰よりも逞しいのだ。

「……でも、女の子だもんね」

「?はい…私は女ですけど」

変な事を言いまくる僕に、彼女は熱があるのかと疑い、額に彼女の冷たい手が添えられる。
その手は冷たいはずなのに僕は暖かさを感じた。

「ねぇ、千鶴ちゃん……君って良い子だね」

「!?」

(そんなに驚かなくても…)

確かに、彼女を貶す言葉を吐いたことはあっても、彼女を褒めるような言葉を言った記憶はない。
だから、彼女の反応は、まともだ。

「………沖田さんは、よく分からないです」

「うん。自分でもそう思う」

僕は、彼女を気に入っている。
けれど、そんな気持ちと反比例して出てくるのは、意地悪や意味不明な言葉と行動。
つつくづく自分は、天の邪鬼だと思い知る。

「……薬、持ってきたんでしょ?」

「あっ…はい」

彼女の持ってきたお盆には、白湯と薬がのっかっていた。

(こんなの気休めにしかならないのに…。土方さんは性懲りもなく飲ませようとするんだよなぁ)

「……飲んでくれるんですか?」

「…………まぁ、飲んでも飲まなくても変わらないけど………君が心配そうにしてるから」

(初めてかもしれない。僕が素直に自分の気持ちを伝えたのは)

そんな僕に、彼女は目を丸めてから複雑そうな表情になる。

「…………何で、そんな…。私の為じゃなくて…自分の為に飲んで下さい」

彼女は、何かを耐えるみたいに苦しそうで、僕の胸にもキュウっと痛みが走った。

「……自分の為なら、僕は近藤さんの役に立って死にたいよ。………こんな風に死になくないや」

薬の話だったけど、僕は違う意味にしか捉えられない。

“自分の為に生きて”“生きる意志を持って”と彼女に言われた気がした。




彼女は俯き、ポツポツと畳に染みができていく。
彼女の涙は、中々見れるものではない。

「……沖田さん」

僕を呼ぶ声は震えていても綺麗で透き通っていた。

「ん?」

いつもと変わらない、素っ気ない返事。

「……沖田さんっ……傍にっ………傍に…ずっと居させて下さいっ」

“死なないで”と言わないのは彼女の優しさか。
いつもなら受け付けないその優しさも、今なら受け入れられる。

それは、死への恐怖からか彼女への愛おしさからかは分からないが。

ただ、そのせいで、心から生きたいと願ってしまった。



「ほら、千鶴ちゃん…外見てごらん?」

俯いていた彼女は、僕の言葉に顔を上げる。

「あっ………」

そこには、雪が屋根や地面に降り積もっていた。
キラキラと輝く白は彼女のようで、寒さはこの景色の為にあるのだと知る。

「……僕はさ、君の強さに憧れるよ」









白銀の世界に彼女が居る。

それだけなのに、僕の瞳からは温かいものが溢れていった。



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