Dear my... | †Dear my ... 「おい」 「あ?」 「お前、好きなヤツとかいねぇの?」 「ぶふぁっ!!」 抜けるような青空の下。目の前を澄んだ小川が流れ、背後には若葉が青々と繁る森と言う、大自然真っ只中。 砂利道から少し離れた芝生の上に腰掛け、定番になりつつある手合わせを終え水を飲んでいたグローは、隣で横になり、暑そうに手で顔を扇いでいるオルタンシアから何気なくそう問われ、思わず飲んでいた水を盛大に吹き出した。 「うわ……汚ねぇなぁー」 グローの反応を別段驚く訳でもなく、ただただいつも通りやる気のない声で言い、彼女は足の動きのみでヒョイと起き上がる。 口元にニヤニヤとした笑みを浮かべていると言うことは、既にグローの答えなど知っていると言うことなのだろう。 知っていて、あえて問うてきたのだ。しかも、水を飲むタイミングを見計らって。 腹立たしいことこの上ない。 「……関係ねぇだろ……」 素直に答えてやるのも癪に障ると視線を反らしながら無愛想に返せば、「そーかいそーかい」と多分に笑みを含んだ声が聞こえ、それがまた腹立たしい。 オルタンシアの顔には、今恐らく、チェシャ猫のような笑みが浮かんでいるに違いないのだ。 「で? どーよ。やっぱり風呂場でどっきりハプニングとかあるのか?」 「ふ、風呂……っ?!」 思わず顔をオルタンシアに向けると、彼女は胡座の上に頬杖をつきながら、ニヤニヤといやらしい、チェシャ猫ではなく寧ろオヤジくさい笑みを浮かべていた。 中学生男子か! とツッコミを入れそうになったが、ここはやはりグローも年頃の男子。考える気はなくとも、オルタンシアの言葉に勝手に頭が想像を働かせていく。 風呂場でどっきりハプニング……と言えば、ラブコメその他シチュエーションの王道中の王道。ラブを絡めるならば1度は通っておいて損はない、実にベタな展開。 それを……クリマと…… 「〜〜〜っ!!」 瞬く間に、グローの顔がまるで熟れたトマトのように赤く赤く染まっていく。頭から湯気が出ていても不思議はないくらいの熱気だ。 その、実に青少年らしい反応に気を良くしたのか、オルタンシアはニヤーッと笑みを深くした。 「おー? グロー君ってば、想像しちまったのかなぁ? やーらしー」 「ううううるせぇ!」 照れ隠しと恥ずかしいのとが入り交じり、ヒュンヒュンと風を切りながら繰り出したパンチは、やはりと言うか当然と言うか、全てオルタンシア手のひらに阻まれた。その間にも、彼女のニヤニヤは収まらない。 「いやー、グローもれっきとした『オトコノコ』だったんだなぁー。若い若い」 「黙れっ! 大体、テメェどこでそれ聞きやがった!!」 「君の心優しき紫髪の貴婦人から」 「ぜってぇ後でぶっ殺すっ!」 叫びながら突き出した右ストレートを、手首を掴むことで止め、オルタンシアは「まぁまぁ」とそこでようやく笑みを収めた。 「皆アレで気にかけてんだろ? 色々さ」 含むような口振りに、グローは動きを止める。滅多に見せない、深い慈悲の光を目に宿したこの人は、本当に、どこまで話を聞いたのだろうか。 いや、こう見えて彼女が聡いことは、グローももう知っている。漏れ聞いた言葉の端々から何かを感じたと、そう言うことなのだろうか。 「さて。そろそろアタシらも帰るか。 あんま遅くなると、心配されんだろ?」 『誰に』とはあえて口にせず、グローの頭を1度乱暴に撫でてから、オルタンシアは立ち上がり大きく伸びをした。 視線だけでそれを追ったグローに、柔らかく笑い 「そうそう、忘れてた。 誕生日、おめでとう」 突然の言葉にポカンと口を開けると、軽く頬を染め、照れくさそうに頬を掻いてオルタンシアはヒラリと手を振って「じゃあな」とそのまま立ち去ってしまった。 止める暇すらなく消えた背を、間抜けな顔でグローはただただ見つめる。 何だったのだろうか、最後のアレは。 去り際の言葉と、照れたような表情と、彼女の性格を全て合わせて弾き出された『答え』にグローは思わず小さく笑った。 「……素直じゃねぇな」 一人ごち、もう姿も見えないオルタンシアの背に柔らかく笑み返す。 「サンキュ」 |