名もなき花 | 「あ……」 小さくその存在を示している、名もなき花が仄かな風を浴び、ふわふわとピンク色した花弁を揺らしている。 「これ……」 小さい花と同じピンク色した瞳のエリアは、その花を見るなり近くに寄り、指先で優しく触れ始めた。 「エリアさん、知ってるんですか?この花」 その姿に近寄ったのは、近くにいたクリマであった。サラッとした灰焦げ茶色の髪を靡かせ、エリアの隣に腰を落とした。普段は冷たい態度を取るクリマも、今は何故か優しい表情でエリアの指先を見つめていた。そんな彼女を珍しく思いながら、エリアは口を開いた。 「小さい頃に、この花で冠を作った事があるのよ」 「……マリアさんと?」 遠慮がちな口元から溢れたのは、ひどく懐かしい名前――マリア。 マリアはエリアにとって、唯一の「光」だった。魔属と人間のハーフであるエリアは、人間からも忌み嫌われて、村にも馴染めずにいた。だがマリアだけはそんなエリアを恐れず、怖がらず、一人の「人間」として扱ってくれたのだ。 なのに…… 「……っ」 苦虫を踏み潰したような、苦い表情を浮かべる。思い出したくない、直視出来ない記憶が蘇る。マリアを、自らの手で殺めた事実を……この小さい花ように儚い少女を…… 「エリアさん」 「……ん?」 クリマは小さく名を呟き、それに同じように小さく答えるエリア。するとクリマの柔らかい手のひらがエリアの目元を覆いかぶさった。 「えっ! ク、クリマちゃん?」 いきなりの彼女の行動にエリアの胸が高く鳴り響く。クリマから触れてくる事なんて今までなかったからだ。 彼女の生きる使命、それが「魔属の殲滅」。その使命に忠実なクリマは、ハーフであるエリアに対し決して友好的な態度ではない。 だが、エリアはそんなクリマを嫌いとは思っていなかった。むしろ逆だ。 使命に忠実なクリマの姿は凛としていて、神々しくてその姿が瞼に焼き付き、目が離せない。 ……とりあえず、そんなクリマが自分に触れていると思うと、鼓動がいつもよりうるさくなる。 「……エリアさんの過去はエリアさんの物。今さら誰かがしゃしゃり出て塗り替える事は出来ない」 「……?」 すると視界が、フワッと明るさを取り戻す。エリアの視界には、先ほどの小さな小さな花が。 「でも、この花は今も咲いてるよ。エリアさんだって、今もちゃんと地面を立っている……生きているんだよ」 花を摘んでいたクリマの言葉一つ一つが胸にチクリと突き刺さる。だが、すごく優しい優しい言葉。 ………………あぁ。そうか、わかった。君に少しずつ惹かれている理由。 ――君は彼女に似てるんだ |