07
「……ハァ…」
目覚めた時に寝て居たベッドの上で、俺は深いため息をつく。さっきの出来事を思い出すと頭が痛くなりそうだ。いや、もう実際頭痛がする。
『ーー今日はもう遅いですから。このままここで休んでください』
話にひと段落をつけた紫月さんに言われ、もちろん俺は遠慮したのだけど。
『いくら人魚の血肉で肉体が回復したとはいえ、志貴に吸血された血液は戻って居ません。そんな貧血状態の貴方をホイホイと家に返すはず無いでしょう』
少し強めの口調で言われてしまい、素直に従うしかなかった。
『 では私は志貴と少し話がありますから。部屋の場所は分かりますか?』
『大丈夫です、たぶん…』
廊下の絵画や飾られていた壺をなんとなく思い出す。
『最悪間違えて入ってしまっても飛鳥くんが少し驚くくらいなので、そんなに気にしなくていいですからね』
『っ!?』
それは是非とも気にしなければならない。驚くってどういう意味ですか、とは怖くて聞けず、乾いた笑いで誤魔化した。…もし吸血されて干からびたミイラとか、ホルマリン漬けなんかが出てきたら俺は全力でこの人達から逃げ出すだろう。
『じゃ、じゃあ俺、戻ります』
『はい。ゆっくり休んで下さいね』
『また、な。飛鳥』
返してもらった荷物を抱え、俺はそっと広間を後にした。ーー…そして今に至る。無事間違えることなく部屋に戻ってきたのは良かったけれど。
「ハァァ…」
頭に浮かぶのは人の形をした人では無いあのふたり。一目志貴を見たときから、なんだか人間離れしていると思ったけれど。まさか本当に人間じゃなかったなんて。物分かりは悪くない方だけれど、こればっかりは「はい、そうですか」とすぐに納得出来るはずはなかった。
ベッドの脇に置いた荷物を漁り、携帯を探して確認する。俺が志貴に出会った夜から、本当に1日が過ぎ去っていた。ってことは俺、学校休んだことになったのか。なにも連絡しなかったから、心配しているかもしれない。
案の定、一番仲の良い同じクラスの神崎聖から数件の着歴と、一件のメールが届いていた。内容は俺の身を案ずるもので、まさか吸血鬼に襲われたなんて口が裂けても言えない。幸い明日は週末だ。
"体調を崩したから週末ゆっくり寝て治す"
と当たり障りのない文章を打ち込んで送信した。ベッドに横になっているけど全く眠くならない。外の音が全く聞こえないこの部屋にいると、なんだか違う世界にいる様だった。…ん?違う世界?嫌な予感が頭をよぎる。
まさかここ、本当に違う世界なんかじゃ無いよな?そんなこと信じたく無いけど、俺はここに来てから一度も外に出ていないし、外の景色を見てすらいなかった。
もし、志貴達の住んでいると仮定する別の世界だとしたら?泊まれと言ったのは俺を帰す気が無いからだった?信じられるものが何もなくて、俺の思考回路はどんどん負のループに落ちて行く。誰に助けを求めればいい?誰が助けてくれる?誰が俺を守る?ひとりきりだという孤独な現実に、崩れそうになったときだった。
2015.02.09
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