06
「もう気付いているかもしれませんが、私と志貴は吸血鬼です。現在はこの洋館に、2人で生活しています」
「…………はい?」
驚き唖然とする俺を見て、紫月さんははてと首を傾げる。待って待って。今、聞き入れ難い単語が。
「あの、いま、なんて?」
「私と志貴は吸血鬼です」
さらりと、あたかも平然と、文字でしか見たことがないような単語を口にする。吸血鬼?吸血鬼って、あの?
俺が思うに吸血鬼は架空の存在で、しかもヨーロッパとか外国にしか現れなくて、というかそもそもそれは中世とか大昔の話で…。
「お前、昨晩の事をもう忘れたのか?私はお前の血を飲んでいただろう」
ぐるぐると混乱する俺に、志貴が口を開く。…そうだ。忘れられる訳が無い。何故あんな目に遭ったのかと思ったが、血を飲むためと言われれば納得がいく。
いや、本当は全然納得したくないけど。
「じゃ、じゃあ、紫月さんも血、飲むんですか…?」
「もちろん。ですが私は志貴のように食い漁るような野蛮な真似はしませんよ」
「く、食い漁…」
微笑む紫月さんは志貴をチラリと見やる。なんだか気が遠くなりそうだ。
「ふん、私はしづの様にしつこくねちっこい吸血はしないだけだ」
「……とにかく、私と志貴は吸血鬼なのです。宜しいですか?」
志貴のつぶやきをさらりと流して俺に視線を戻す。正直なにも宜しく無いのだけど、有無を言わさない紫月さんに黙って頷いた。
「吸血鬼と雖も、血液のみを口にして生きている訳では無く、普段は人間と同じ様な食事を摂っています。ただ、やはり定期的に血液を摂らなければ命の消費が著しくなってしまうのです。そこで欠乏症に陥っていた志貴に、飛鳥くんは運悪く標的にされてしまった、と言うのが昨夜の出来事です」
冷静に述べられても正直理解出来るような出来事じゃないが、ここは開き直るしかない。事実、目の前に吸血鬼が居ると言われてしまえばどうしようもないだろう。
「あ、あの、俺はなぜ無事なんですか?出血もひどかったし、それに、傷だって…」
ずっと聞きたかった事を口に出し、腕の傷跡をなぞる。傷はさっき起きた時に見たよりもさらに薄くなり、痛みも感じなくなっていた。
「それは人魚の血肉をお前に飲ませたからだ」
コトンと、志貴がテーブルに小瓶を置く。濁りの無い真紅の液体が瓶を満たしていた。
「人魚の血肉は、口にすれば不老不死となるという云われがある。実際は不老不死でなく体の細胞が超回復と超再生を繰り返す様になるのだが、それは別にどうでもいい。本来なら人間には強過ぎる作用を持つものだが、お前の衰弱が酷かった為にほんの数滴飲ませた」
「ですから、飛鳥くんは人魚の血肉のお陰で一命を取り留めたということです」
あまりにも現実離れしすぎている内容だからか、パニックを起こしそうな脳内を必死に奮い立たせる。
昔何かの本で読んだことがある様なものが、実際に存在しているなんて。これは助かって良かったと素直に喜んでいいのだろうか。
「…あの、じゃあ、俺帰ってもいいですか?」
「それは無理だ」
「はあ?」
間髪を入れず言われ、思わず口から悪態が飛び出た。紫月さんに助けを求め見ると、やれやれと苦笑している。
「志貴が貴方の血をひどく気に入ってしまいまして」
「ちょ、ちょっと待ってください!じゃあ何ですか、ここに居て俺の血をまたこいつに飲ませろってことですか!?」
声を荒げてしまう俺に、紫月さんは申し訳ないようななんとも言えない微妙な表情をする。それでも否定はしない様で。
「私は飛鳥の血しか飲まないことにした」
なぜか偉そうな志貴に、俺は更に追い打ちをかけられた。
2015.01.08
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