犬飼 SS
(ネタバレあり)
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「おれ、もうすぐ誕生日なんだ」
ベッドの側で着替える男は、おれの独り言のように零した言葉に反応した。
「そうなんだ?なにか欲しいものでもあるの?」
男はにっこり笑って振り返る。何かを期待するような表情に、言うんじゃなかったと後悔する。
「…べつに、ないよ」
「そっか。じゃあその日は暇なの?」
ほら、やっぱり。その後の言葉は聞かなくても分かる。特に予定も何もないけど、この男と一緒に過ごすならひとりの方がずっといい。
「あー…、ごめんね、おにーさん。先約があるから」
「なんだ、残念」
ジャケットを羽織りシュッとネクタイを締めると、その内ポケットに収められていた財布を取り出す。
ブランドもののそれから、男は数枚の金を抜いてベッドのサイドテーブルに置いた。
「これ、誕生祝い。おめでとう」
じゃあ、と手をひらひらさせながら、男はそのまま部屋を出た。残されたおれと3万円。もう一眠りしたくてもぞもぞと布団に潜りながら、おれは虚しさを感じた。
誕生日だから何だ。
いつもと変わらない1日が始まり、そして終わるだけ。
祝って欲しいと思ったことなんて無いし。欲しいものだって何も無い。
『あなた、見てるとすごく可哀想』
いつだったか、誰かに言われた言葉が浮かんだ。
「胸くそわる…」
その声を掻き消すように、おれは目を閉じた。これでいい。面倒な関係はいらない。さみしい時だけ、誰かいればいい。誰でもいいから。
ーーなんてずっと思ってたし、これからもそう思い続けるはずだったのに。
「お誕生日おめでとう、犬飼くん」
きれいにラッピングされた箱を差し出しふにゃりと笑うこいつに、どうやら少し掻き乱されそうな、そんな気がした。
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2014.10.29
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