story | ナノ


▼ 待ち望まれた来訪者

[ name change ]


アンside

『大人が描く夢ってやつは、子どもの空想なんかよりももっとずっと現実的で、叶う可能性は大いにある。』
 ………と、思ってはみたものの、やはりというか当然というか、そんなに簡単には〈異世界への扉〉ってヤツは開いてはくれないようで、自分なりにいろいろ試しているうちに、一夜限りの訪問者が消えてしまってからもうすぐ一ヶ月が経とうとしていて……。
 そうなると、大人ってヤツはより現実的な問題のほうを考えてしまうわけで……。

「………はぁ。」
 平日の真っ昼間、コンビニの前で私は盛大にため息をついた。
 片手に下げた袋の中には、水とハイボール、チョコ菓子にあたりめ、そして、就職情報紙と履歴書。
 仕方がないことだと思う。当たり前のことながら、夢を叶えるためには生きなくちゃいけない。そして、生きていくにはお金がいる。お金は働かなきゃ稼げない。
「だから、諦めたわけじゃないんだから!!」
 誰にともなく宣言し、とりあえず、写真は明日撮りに行くことにして、家に帰るべく一歩踏み出した。



サッチside

「隊長〜、補給の手配、全て終わりました〜。」
「ん〜……ご苦労さん。」
 吸うわけでもなく咥えたままの煙草の煙を目で追いながら、隊員の報告を聞き流す。
「あの〜……隊長?」
 ベンチにどっかり座ったまま、動こうとしない俺を『どっか具合でも悪いんすか?』と心配してくれる隊員に、軽く手を振ってなんでもないことを伝え、三分の一ほどになった煙草を踏み消して立ち上がる。
「んじゃ、今運べるものは運んじまってくれ。その後は好きにしていいぞ。マルコの許しも出てる。」
 そう指示を出せばそれぞれが自分の持ち場へ散っていく。
 その様子をぼんやり眺めながら、自分もその場を後にする。目的があるわけじゃない。俺がいると隊員に余計な気を使わせちまうからこの場を離れる。ただそれだけ。

 適当に左右の店をひやかしながら通りを歩く。ここ一ヶ月、なんともやる気が出ねぇ。おかげで髪もばっちり決まらない。
 ……理由は……わかってる。
 一ヶ月前、俺は『ここはグランドラインだから』じゃ説明できないような体験をした。一晩だけだが、俗に言う〈異世界〉なんてところに迷い込んじまったわけだ。んで、そこで一人の女に出会って、イイ歳こいて、よせばいいのに惚れちまって、離したくないと、離れたくないと強く思い、縋りつくように両腕に閉じ込めて眠りについた。自分の部屋で目覚めたら彼女もいることを願って……。
 世の中そんなに甘くないもので、目覚めたら自分の部屋にいた、までは良かったんだが、腕の中には誰もいなかった。
 その日の朝のことはあまりはっきりと覚えちゃいないが、何時になっても部屋から出てこない俺を、起こしに来たらしいマルコが、ベッドの前で立ち尽くす髪を下ろしたままの俺を見るなり固まったあたり、余程ひでぇ顔をしていたんだろう。
 ぼーっと歩いているうちに無意識に裏通りに来ていたらしい。まだ日が高いというのに露出の多い服に身を包んだ女達や目付きの悪い男達の姿がちらほらと目立ち始めた。
 女を見るたびに、彼女に似てるところを探してしまう俺は、自分でも重症だと思う。自嘲気味に笑えば、通りの向こうから彼女に背格好のよく似た女が白い袋と長い黒髪を振り乱しながら全力疾走してくるのが見えた。その後ろには遠目でもガラの悪さがわかる男が三人。
 ………ま、暇だし?明らかに一般人とゴロツキだし?ちょっと軽く運動でもするかってな気持ちで、煙草を咥え、通りの真ん中に立ち塞がった。

*******************



アンside

 私は今、はぁはぁと荒い息を吐き、全力疾走しながら壮絶に日頃の運動不足を後悔していた。
「待て、このアマ!」
「ふざけやがって!!」
 私を追っている男は三人。それぞれが額に青筋を立てて怒りながら追ってきている……と思う。振り返るような余裕はないから確かめてないけど、さっきから聞こえる怒声で想像はつく。
 そもそも、何故私が追いかけられているかというと、話は三十分くらい前に遡る。

 コンビニから自宅への帰り道。いつものようにタバコ屋の角を曲がると、世界が一変していた。見慣れた町並みから、ある意味『見慣れた町並み』へと………。
「……な、にコレ?」
 一瞬、思考が止まったとしても許されると思う。
 あれだけ、いろいろ試行錯誤して試していたときにはウンともスンとも開かなかった〈異世界への扉〉ってヤツが、コンビニ帰りにすんなり開いてしまったんだから。
 つーか、ここは何処?
 風景自体は、紙面で見慣れた町並みだから、ワンピの世界ってのはわかるけど………。
 夢小説のトリップ物だと、大抵トリップ先は目当てのキャラの部屋だとか、そのキャラが乗ってる船の甲板だとか、とにかく、関連性のある場所なハズなのに、普通の町の中って…………どゆこと?
 何だか腹が立った私は、怒りを足元に転がっていた小石に思いっきりぶつけた。その結果、八つ当たりされた小石は明後日の方向に飛んでいき、その辺で談笑していたガラの悪いお兄さんの頭にヒットして、今に至る。

 振り返ったお兄さんと目が合ったと思うや否や、踵を返して走り始めた自分の反射神経を誇ってもいいかも知れない、と酸欠になりかけた脳で考え始めた頃、土地勘もないまま、めちゃくちゃに走り回る私の前方に男が一人立ち塞がっているのがわかったが、それが誰なのかわかった瞬間、その広げられた両腕に、私は勢い良く飛び込んだ。


サッチside

 なんだ?コレ?俺は白昼夢でも見てんのか?
 近付いてくる女の顔を認識してすぐ思ったことはそんなことだった。
 最初は『似てんなぁ……』くらいだったのが近付くにつれ鮮明になり、確信に変わったときには、俺はもう咥えていた煙草を吐き捨て、両腕を広げていた。
「アン、アンなんだな?本当にお前なんだな?」
 走ってきた勢いそのままに飛び込んできたアンを、簡単に受け止め力いっぱい抱きしめる。
 腕の中で荒い息を整えながら頷く気配。『ああ、本物だ……』なんて俺が感動しているところへ、
「その女、捕まえてくれてありがとうよ。こっちに渡してもらおうか。」
なんて、下衆な声がかかる。俺が今聞きてぇのは手前ぇらみてぇな汚ねぇ野郎の声じゃないってのに………。
「早くしろ!それとも、その女と一緒に痛めつけられてぇのか!!」
 アンを抱えたまま黙っている俺に業を煮やしたのだろう。抜き身のナイフをチラつかせ喚いている。
 正直言って、今となってはこいつらの相手なんざめんどくせぇ。が、アンに怪我なんかさせられない。
 俺は、先程よりは幾分か呼吸が整ったらしいアンを、脇にあった樽に座らせる。
「すぐに片してくっから、ちょいここで待っててくれな?」
 目線を合わせ微笑めば、アンはガサゴソいう袋から水が入った瓶を取り出しながら頷いた。それに頷き返してから、ギャンギャン喚き散らしている馬鹿どもに向き直り、大きく肩を回す。さて、サクッと片すとしますか。


アンside

 『すぐに片してくる』そう言ったサッチの言葉に嘘はなかった。
 私を追っていた男たちは、私が水を一本飲んでいたほんの二分か三分の間に、呻き声も上げられず地に伏していた。
 私が呆気に取られて見ていると、
「大丈夫だった?アンちゃん?」
なんて、へらりと笑って帰って来たから、『隊長って伊達じゃなかったんだ。』と呟けば『ちょ、ヒーローにそれはなくない?』と返ってくることに、若干の心地よさを感じつつ、樽から降りようとしたら、再び力いっぱい抱きかかえられる。
「会いたかった……」
 人目があるからと文句を言おうとした矢先に、耳元で切なげにそんなことを言うから、言えなくなった。
 少しして、気が済んだのか私は地面に下ろされたが、今度は手が繋がれた。
「とりあえず、ここじゃ落ち着かないから、モビー行くか?」
「行きたい!!」
 願ってもない申し出に即答すれば、ぶはっという笑いと共に『いいお返事だ』という嬉しそうな声と大きな手のひらが頭の上に降りてきた。
「んじゃ、アンちゃんの着替えとか、必要なものを買い物しながら帰ろうぜ♪」
「え、でも私ベリーなんて持ってない……」
「そんなもん、このサッチ様が買ってやるってんだよ。っていうか、男といるときに女の子がお金の心配なんかするんじゃありません。」
 買い物と聞き、即座にお金の心配をしたら、小さい子にするように『めっ』と怒られた。
「さ、行こうぜ。モビーに着いて、シャワーでも浴びて落ち着いたら、ゆっくり話も出来るだろうからさ。」
 そして、鼻唄でも歌いかねないくらい上機嫌のサッチに手を引かれ、私はモビーへと歩き出した。


マルコside

「マルコ隊長〜、ちょっと来てください。」
 積荷のチェックをしていると、港を見ていた隊員に呼ばれた。
「何だよい?」
 何かのトラブルでも起きたかと見に行けば、すっと港ではなく町に続くほうの道を指差し、
「アレって、サッチ隊長っすよね?」
と、自信なさ気に聞いてくる。言われてその方向を眺めれば、片手に大量の荷物を抱え、もう一方の手は黒髪の見知らぬ女と繋いで、へらへらと嬉しそうにこちらへ向かってくるサッチの姿。その姿は今朝までのヤツとはまるで別人で………。
「……あんなフザケた頭してるヤツなんざサッチ以外いねぇだろぃ。くだらねぇ確認してねぇで仕事しろぃ。」
 チェック用の書類の束で軽く隊員の頭を小突いてから持ち場へ戻る。隊員の『すいません!』の声を背中で受け止めてから、
「サッチが上がってきたら、親父に話通せって言っとけよぃ。」
とだけ伝え、チェックを再開した。




「さ、モビーに着いたぜ。」
「うわ、やっぱでっか!」
「大所帯だからな〜、今日からまた一人増えるし。」

   【待ち望まれた来訪者】

「え?ここで誰か拾う予定でもあんの?」
「いや、君のことだからね?アンちゃん?」
「くくく、面白い女だねぃ。」




[ back to top ]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -