story | ナノ


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「なんだ、これ」

窓は全開。風は皆無。冷房のイカれた部屋のベッドに寝転び、暑い暑いとひたすらに独り言を呟いていると、ふと部屋の隅に見慣れないものを見つけた。
男の一人暮らし。広いとは到底言えない部屋に、乱雑に積み上げられたレコード。トッピングはあはんうふんな姉ちゃんたちが表紙を飾る雑誌だ。洋モノや金髪が多いのは俺の好みの問題だからどうでもいいとして、ん?なんの話してたっけか?あぁそうだ、これ。

「鍵、かよい」
「だよな。やっぱどうみても鍵だよなぁ」

昨日部屋で見つけた例のブツをポケットから取り出して、今まさにマルコが購入しようとしてる煙草の横に置いた。ジージー。蝉の声が暑さを助長する。案の定、マルコは何がしてぇんだと呆れた表情を浮かべて、煙草だけを手にとった。

「これお前の?」
「んなわけあるか。自分のじゃねぇのかい」

「違ェんだよ。鍵穴に刺さりもしねェ。っと、ほらよ。ライターいるか?」
「いや、要らねぇ。代わりにいくらか負けてくれると有難いんだけどねい」

「バッ、お前煙草の利益いくらか知ってっか?俺もよー聞いてびっくりしたんだって。サービスしてたら、うちの店なんてあっちゅう間に潰れちまう」
「お前の店じゃねぇだろうが」
「あ、そういやそうだな」

ここは下町にあるたばこ屋で俺は店員、マルコは客。茶飲み仲間だった婆さんが腰を悪くしたってんで代わりに店番をするようになって早半年。今じゃすっかり自分の店気分だ。ガタが来た窓を隔てて、室内で扇風機の風を受けている俺は、日光が直撃してるマルコを不憫に思った。まぁ俺一人が辛うじて座れる程度のスペースしかないから、招き入れてやることもできねぇんだけど。

「で?どうすんだい。気になることがあるってんなら、ついでに調べてやってもいいが」
「あーいや、もうちょい他当たってみるわ」

マルコは探偵だ。俺からしたら毎日街をふらついてるようにしか見えねぇけど、それを本人に言うとお前と一緒にするなと怒られる。確かに婆さんの手伝いしかしてねぇから反論の余地もねぇが。結構楽しんだぜ?俺の生活も。

「部屋にあったってんなら、女の忘れもの…なわけねぇな、悪かった」
「おいこらマルコ、失敬だぞ。俺だって結構モテるんだからな」

「近所の婆さんにかい?」
「…」

「せめて否定しとけよい。聞いてるこっちが虚しくなる」
「う、煩ェなぁ。婆さんだって結構可愛いもんだぞ。素麺とかくれるしよ。この前なんかスイカまるごと、」

「悪ィ、野暮用ができた。そろそろ行くよい」
「え?あぁ。おう、まいどありー」

通りに目をやったマルコは突然話を切り上げた。なんだなんだ?俺のモテ自慢はこれからだってのに。なんとなく消化不良になった俺は、通りを横切って行くマルコを律儀に眺めて見送った。

「…げ。まじかよ」

マルコは通りの向こう側に立っていた女と合流した。いい関係なのか、ただの捜査協力者なのかは知らねぇけど、どっちにしろかなりの美人だ。さっきからいい女だなぁと思ってたんだよ俺は。…あー羨ましい。
鍵を手に取って、眺めた。

「…女の、忘れ物?」

残念ながら可能性は欠片ほどしかねぇんだけど、もしかしてと思ったら妙にテンションが上がったりなんかして。とりあえず次マルコが来たら10円値上げだと心に決めて、くぁあと欠伸。




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