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▼ 直球勝負が恐いだなんて

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馬鹿な幼馴染がいる。アホでドジで要領が悪くて、いつもあははと大口を開けて笑う能天気な女だ。高校生にもなって恋愛のれの字も頭になくて、みんなで楽しく過ごせたらいい、本気でそんなことを思ってるようなやつ。ちょっとは興味持てよ、男に。つうか俺に。

夏休み。蝉の声に入道雲。頬杖をついて眺めた窓の外には、光が乱反射する校庭と憎らしいほどの青空が広がっていた。
せっかくの夏休みだってのに運悪く補習の通知を受けた俺とアンは、くそ暑い教室でプリントと格闘中。

「あーくそ。暑っちぃ」
「溶けるね。帰りアイス食べたい」

「俺、金欠」
「私、財布持ってない」

「いや、流石に持ち歩けよ財布は。例え中身がすっからかんでも」
「あ、アイス」
「あれはアイスじゃねぇ。コンビニだ」

教室の窓から見えるコンビニの甲板をシャーペンで指しながら、アイスと言ったアンの口調にはもはや集中力の欠片もない。だらっとした言葉に返した俺も同じく。

「ねぇ見て。プリント張り付いた」
「あーそこ字書いたら破れるんだよな。つうかまじで暑い」

「え、なんで脱いでるの?変態なの?」
「アホか。シャツだけだって。中にもTシャツ着てんだろ。このクソ暑いのに二枚も着てるってどうよ、ってことに気付いた、今」

制服のワイシャツを脱いでTシャツだけになると、ほんの少し暑さが和らいだ。

「気付いちゃったか、二年目にして」
「気付いたな、二年目にして」

だらだら、だらだら。
続く会話に中身なんてもんはないけど、アンとの他愛のないやりとりが俺は好きだ。

「プール行きたいなぁ」
「お、いいなそれ。行くか」

「だね、行こうか。久しぶりにルフィと三人で。折角水着買ったし一回だけじゃ勿体無いもんなぁ」
「んだよ、お前プール行ったのか?」

「行ったよー。なんかローに誘われてさ」
「…へー」

「ペンギンが意外とマッチョでときめいた」
「……へー」

トラファルガーのやついつの間に。つうか見たのか、こいつの水着を?俺も今年はまだ見てねぇのに?あれだろ、街のプールってことはスクール水着じゃなくて、腹とか見えるやつだろ。
…お前ら100回ずつ石につまずいてこけろ。

昔からそうだ。アンは馬鹿のくせにモテる。本人は鈍感すぎていつも気付いてないのが、俺としては非常に有難い。ちなみにアンは告白されたことがない。なぜかと言うと当然ながら俺がまぁあれこれしてるからだ。別に殴ったりはしてねぇぞ。ただ笑顔で話をするだけだ。ヘーワ的カイケツってやつ。

エースーハラヘッタ!エースーハラヘッタ!

「お、電話だ」
「…その着メロつっこんだほうがいい?」

「可愛いだろ?ルフィだぜ」
「だろうね、むしろルフィじゃないならどうしようかと」

ハラヘッタと訴える携帯を見ると、見慣れない女の名前だった。誰だったか。
…あ、分かった。この前告白された他校の女だ。茶髪の簡単に食えそうな女。

「出ないの?」

隣の席から首を伸ばしてアンが液晶を覗く。

「ミキ、だって。ヤダ、また新しい彼女?キャー」
「違うっつうの。この前告白してきたやつ。あんま覚えてねぇけど」

「その割には番号教えてるじゃん。このこのっモテ男め。…あ、私も電話だ」
「出ねェの?」

携帯を見つめたままのアンにどうしたのかと首を伸ばすと、アンは微妙に携帯の角度を変えた。

「…誰だよ」
「うん、まぁいいじゃん」

「よくねぇだろ、出ろよ」
「いいよ、またあとで掛け直すし」

「…あっそ」

なんて顔してんだよ。
着信が切れるまでじっと画面を見つめていたアンは妙にそわそわしていて、俺はアンの初めて見る表情に戸惑った。
ほんのりと赤くなった頬が、暑さのせいだとは到底思えなくて。
よっぽどその相手から電話が掛かってきたことが嬉しかったんだろう、本人は隠してるつもりでもバレバレだ。

ブーン。
またアンの携帯が震えた。

「…メールだ」
「おう」

どんな顔でメールを読んでるのか、なんて。
見ないほうがいいに決まってるのにやっぱり気になって、背もたれに体重を掛けてカターンカターンと揺らしながら、ちらり。

だから、なんて顔してんだ、って。何回言わせりゃ気が済むんだ。言ってねぇけど。
アンが口許にきゅっと力を入れるのは嬉しいことがあったときの癖で、その拍子にできるえくぼが俺はすげー好きなんだけど、今回ばかりは見てられなくて目を逸らした。

こいつは鈍感で、恋愛のれの字も興味がなくて。だから俺はアンに寄ってくる男を蹴散らしとけばそれでいいんだって、そう思ってたんだ。

「ねぇエース。今度のプールさ、一人追加しても、いい?」
「おいおい、そりゃだめだ」

今の今まで考えたこともなかった。アンが俺以外の誰かを好きになる可能性なんて。

「あー…だよね。ごめん。じゃあルフィと三人で、」
「それもだめだな」

どこの馬の骨かはしらねぇが、どうやらアンは、俺の幼馴染は初恋ってやつをしたらしい。
だったら、今俺にできることは

「二人で行って来いっつってんだよ」

応援してやることしかねぇだろ。

そいつと。
顎で携帯を差すと「や、別にこの人は、あの…そういうのじゃなくて、」アンは顔を真っ赤にしておろおろと視線を泳がせた。
そういう顔、なんで俺にしてくんねぇかなぁ。

「暑ィなぁ」
「え?あーうん。しょうがないよね、夏だし」
「だな」

窓の外を眺めると憎らしいほどの青空が広がっていた。

【直球勝負が恐いだなんて】
こんなことならもっと早く、とは思うけど、勇気がなかったのは僕なので。だから、だけど。




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