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▼ 罵って、くれたほうがどれほど

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「…サッチ?」

食材の注文も終わって、さて飲みにでも行くかと島の大通りを歩いていると、柔らかな声に呼び止められた。随分可愛い声だ。不思議と懐かしさも感じて振り返ると、とっくに死んじまった筈の女が花束を抱えて目を丸くしていた。

「、マジかよ」

驚きのあまり声が掠れた。

「やっぱりサッチだ」

ふわり。
まるで萎んでいた花が息を吹き返すようなその笑顔は、間違いなくかつての俺が心から愛し抜いた女のそれだった。
親父という誇りに出逢う前、俺は海賊をなぎ倒すことが趣味、なんていう無鉄砲なガキだった。無暗に自分の力を過信する井の中の蛙だったのだ。そんな俺の隣でいつも呑気に笑っていたのがこいつで、この無性に頼りなくふわふわしている幼馴染を守ってやれるのは俺しかいないのだという想いが、ひいては今の俺の戦いの基盤を作った。

「…あの日島に戻ったら、村がなくなってた。村中探したけど、…お前、どこにもいなくてよ。俺、」
「海賊が来たの。海に投げられて、あぁ死ぬんだって思ったんだけど、運よく助けられたんだ」

無駄に泳がずただ浮かんでたのがよかったのかも、なんて結構ヘビーな体験をミレーは呑気に笑い飛ばした。

「今はここで花屋さん手伝ってるの」
「そ、っか」

言葉に詰まった。心臓が馬鹿みたいにバクバクと音を立てた。こいつが、ミレーがガキの頃の面影そのままにふわふわと笑うもんだから。

いつまでも続くと想っていた日常が、なんの前触れもなくぷつりと途切れたあの日以来、昇華することも出来ず、ただただ行き場を無くしていた想いの数々が、唐突に溢れ返った。
その日はただ一緒に食事をして、その辺を散歩しながら無駄話をしただけで別れた。手の一つも繋げやしねぇ。まるで純情な少年だ。

月明かりを頼りにモビーへと続く一本道を歩いていると、甲板に人影が見えた。アンだ。
長い手足にスレンダーな身体。何度上着を羽織れと言っても一向に聞き耳をもたないその理由が、引き締まった背中で大きく存在を主張している。メインマストで風に靡くジョリーロジャーとシンクロしたそれは、正にアンの誇りそのもの。

いい女だ。
一歩一歩モビーに、我が家に足を進めながら改めて思う。アンは本当に、すげェいい女。浮気ばかりを繰り返すどうしようもない俺だけど、愛しているのだ。本当に。心から。

「親父を隠せるわけないでしょ?」

そう言われてしまえば、俺はいつも引き下がるしかなくて。でもそんなアンの背中を野郎共が見るのだと思うと、頗る不愉快だった。俺が日々どれだけ嫉妬に狂っていたか、理不尽に落とされる拳骨にどれほどの家族が泣いたか、きっとアンは欠片も知らねェんだろう。ましてや親父にすら嫉妬しちまう、なんて。
口数が多いくせに肝心なことを誤魔化しちまうどうしようもねェ俺だから、言葉が足りなくて不安にさせてたのは分かってる。一向治らねェ浮気癖に、思い悩んでいたのも知ってる。でもそれでも隣で、傍で、見えない場所で、家族と笑い合っているアンの笑い声やその気配に、俺はずっと支えられていた。
だからこそ、きちんと終わらせるべきなのだ。中途半端な気持ちでこいつの隣に立つなんて、俺には到底できねェから。

「うん、じゃ別れよっか」

アンは穏やかに笑った。

愛してたんだぜ、これでも、ちゃんと。
せめて最後にそう伝えたかったけど、アンの顔は「分かってる」と書いてあって、俺は無性に泣けた。


【罵って、くれたほうがどれほど】
そんな君だから惚れたんだけど、でも。





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