正反対が同席 | ナノ


▼ 僕に言えることは、ひとつしかないから



「ずっと前から好きでした」
「…は?」

がやがやとざわつく平日の居酒屋。
たこわさに伸ばしていた箸をとめて、目の前に座る女を見た。
思ってもみないタイミングで、願ってもない相手から告げられた科白。

去年の夏、話題のビールバーで知り合って始まったアンとの関係は、味も素っ気もない、ただの飲み仲間。初めて会ったあの日、酔いに任せてそういう雰囲気にでも持っていっちまえば、また別の関係性で結ばれてたのかも知れねぇが、今となってはどうすることもできず。仕事の合間を見つけては誘ってはみるものの、生憎こいつは俺の努力を機敏に察知するような繊細な女ではない。それどころかお前はそれでも女かと呆れるような言動ばかり繰り返すようなやつなのに。そんな女が…今、なんつった?

「うわ、まさかの無表情。ちょっと待ってね。ゴホン…テイク2。ずっとあなたのことが、」
「待て待て待てぃ。なんなんだよい」

無表情?阿呆か。
俺が今、どんだけ舞い上がってると思ってンだ。
そもそも。そもそもだ。確かに俺もこいつも恋愛に夢や甘い理想なんてもんを重ねるような歳じゃねぇが、それでも流石に居酒屋でジョッキ片手に、ってのはどうかと思う。

「…あー、そういう話なら店変えるかい」

店、なんて言いながら頭の中で考えるのは、一番近いホテルの所在。がっつく歳じゃねぇが、相手の気持ちが分かった今、次に必要なのはまぁそういうコトだろう。

「あ、そっか。確かにここじゃイマイチだね。ありがとう参考になった」

…参考?
既に軽く椅子から立ち上がっていた俺は、微妙な中腰の体勢のまま、アンの顔をじっと見つめた。

「…お前、まさかとは思うが」
「ごめん、練習」

練習って何だ。
ガタン。椅子に座り直して、はぁと大きく溜息。

「…もしかして本気にした、とか?」

こいつ、ぶん殴っていいか。
おそるおそる問いかけてくる声に、うな垂れたまま首を振って否定を返した。喋る気にもならねぇ。一瞬前の自分が不憫でならない。

「ほら、大人になるとわざわざ告白とかしなくなるじゃない?なんとなくそういう雰囲気になって、一緒にいるようになって。それってよくないと思うわけよ」
「あぁ、前の男の話かよい」

付き合ってると思っていたら相手はそんなつもりではなかった、それどころか結婚することになったと報告された。アンの実体験だ。俺と出会う少し前の話らしい。

「だから次はちゃんと段取り踏んで行こうと思って」
「そりゃあ結構なことだが、だからって予行練習なんざ必要ねェだろうが」

あってたまるか。

「まぁそうなんだけどね。恋する乙女的には勇気がいるんだってば」

箸で秋刀魚をいじりながら、アンがぼそぼそと言う。

「顔、赤くなってるよい」
「う、うっさいなぁ」

自分で言った乙女という単語がどうにも気恥ずかしかったらしい。告白より照れるって、何だ。
赤い顔で噛み付いて来るアンを笑い飛ばしながら、ビールを喉に流し込む。眉間に寄った皺は、一気に飲みすぎたからだ。俺じゃねぇのか、なんて思いは、どうやら酔いと一緒に飲み込む方が良策らしい。実際、この気持ちをなかったことできるのかと言われたら難しい相談だが、少なくとも表に出さず仕舞い込むだけってんなら造作ない。きっと、いや、絶対。

「あー楽しかった!じゃ次は来週金曜ね」

店を出て近場の駅まで送ったところで、アンはくるりとこちらを振り返った。来週金曜は映画に行くことになっている。取引先から映画のチケットを貰ったとかで、俺たちには珍しく前々からしていた約束だ。昼間の温度を蓄積したアスファルトの上じゃあ、夜になっても涼しさなんてのは欠片も感じないだろうに、それでもアンはそよぐ夜風に目を細めてご機嫌だった。駅前のドラッグストアから流れるやたら浮かれたメロディー、ビルの外壁を鏡代わりに踊る若者と、家路へと急ぐスーツの群れ。季節感など無関係に違いないけど、すべてが確かに夏だった。

「アン、」
「んー?なにー?」
「いや、何でもねぇ。気ィつけて帰れよい」

映画にはその男を誘ったほうがいいんじゃねぇかとか、そもそももう会わないほうがいいんだろうとか。友人として与えるべき助言ならいくらでも浮かんだけど、そのどれをも口にはしなかった。

「ありがと。マルコこそ気をつけてね。痴漢がばれたら走って逃げなよ」
「なんでする前提なんだよい」

「あはは。じゃあおやすみ!」
「おう」

にしし。まるでガキみたいな笑顔を残してアンは改札へと歩き出した。
その笑顔も、僅かにふわふわした足取りも、明らかにただの酔っ払いのそれなのに。(可愛く見える、なんざ)笑い話にもならない。


「…好きだ。なんてな」

アスファルトに転がり落ちた言葉は、跳ねもせずに消えて、ドラッグストアの間抜けなメロディーだけが妙に頭に残った。


【僕に言えることは、ひとつしかないから】




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