正反対が同席 | ナノ


▼ 本当は余裕なんて少しも、



たばこ屋の角を右へ、花屋の角を左へそれぞれ曲がると小さなバス停に辿り着く。家からの所要時間は4分で、そこには毎朝先客がいる。

「おはよ」
「あぁ、よい」

パリッとしたスーツを着こなしたマルコは顔だけで此方を振り返った。朝から爽やかなマルコとは対照的に、まだ眠気まなこの私。くあぁとひとつ欠伸を零すと、でけェ口と笑われた。

「また負けちゃったか」
「俺に勝とうなんざ、百万年早ェよい」

いつもいつもマルコの方が少しだけ早い。1分早く出てみたって、少し頑張って3分も早めてみたって、何故か私が連なる先は毎朝毎朝マルコなのだ。そりゃあごくごく稀に私のほうが早いこともあるけど、1年に数回あるかないかといった程度で、私はそれがすごくイヤだ。

「別に遅刻するってわけじゃねぇんだ。んな小せェことで毎朝拗ねんなよい」
「拗ねてないし」

「唇、ドナルドダックだよい」
「ガァガ、…って朝から何やらせんのよ」
「誰もやれとは言ってねぇだろうが」

マルコが笑った。身長差があるから、私を見るマルコの目はいつも少し伏せたように細まる。その綺麗に深まるブルーが、私は好きだ。優しさを濃縮したような深くて温かい色。

「バス、遅いね」
「渋滞でもしてンのかもな」

小豆色のバスに乗って、マルコは4駅、私は5駅。時間にしたら15分程度だけど、その時間は日常の一コマとして私たちの生活にインプットされている。
これが変わらない日常となったのはこの4月からだ。嬉しかった。漸く追いついた、そう思った。
私がランドセルを背負っている頃、マルコはもう高校生だった。中学の時には、既に今のマルコが出来上がっていた。ずっとずっと、追いかけっこでもしてる気分だった。追いかけても追いかけても、決して追いつかない。
やっと、やっと追いついたと思った、のに。

「マルコ、あのさ、「マルコさーん!」」

住宅街のほうから、綺麗な声がマルコを呼んだ。
よかったぁ、間に合った。大きく手を振る明るい笑顔。

「っぶねェ。走ンじゃねぇよい」
「ふふふ、ごめんごめん。だってほら、忘れ物」
「あぁ、悪ィ」

入れたつもりだった、とマルコは少しバツが悪そうに、それでも嬉しそうに微笑んで、少し大きめのお弁当を受け取った。

「お前が走り回るから、こいつ絶対目ェ回してるよい」

マルコが大きなおなかに触れた。
なんて優しい手つきで撫でるんだろう。なんて、穏やかな目をして笑うんだろう。

「大丈夫よ、あなたの子供だもん。きっときゃっきゃ楽しんでるわ。ね?アンちゃん、そう思わない?」
「…え?っと、うん。思う思う!!マルコは昔から不死身なとこが取り得だし!むしろ身体の頑丈さしか、ってイタッ」

煩ェよい。
こつんと頭を小突かれた。まるで痛くない頭の代わりに、胸がずきり。

「子供生まれたら、さ。たまに遊びに行っていい?」

顔は上げられなかった。

「…お前ェ、赤ん坊はおもちゃじゃねぇぞ?」
「もうマルコさんってば。アンちゃんいつでも来てね。折角ご近所なんだもん。ね?」

頭の上から聞こえる二人の笑い声は、やっぱりとても幸せそうで。
ぼんやりと滲むアスファルトを見つめたまま、楽しみだなぁと私も笑った。


【 本当は余裕なんて少しも、】
もう少し待っててくれても良かったのに、なんて。結局結果は同じだろうに。





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