▼ 駆け抜けろ、泥まみれヒーロー
−いい?今日2時だからね?−
−おうよ、任せとけ−
見たい映画があるのだと、雑誌を広げて笑ったアンの笑顔が頭に浮かんだ。
「、おっと」
「余所見すんな、阿呆」
「してねぇっつうの。あーもうお前、さっさとあのイカれ装甲車なんとかしろって」
挨拶が遅れたな。俺、サッチ。ヒーローやってます。え?嘘じゃねぇって。確かにこのマスクじゃあ俺だとは分からねぇかもだけど、ヒーローにも契約だのスポンサーだのって色んなしがらみがあって、要は顔は出せないわけよ。まぁマスクの奥にこんなイケメンが隠れてるなんてバレたら大変だから丁度いいかもしれねぇけど。
「って危なっ!何なんだよあの野郎、人が折角自己紹介してるってのに。なぁさっさと終わようぜ。俺、今日デートなのよ」
「お前の事情なんざ知ったこっちゃねぇよい。まだ逮捕状が下りてねぇんだ」
「目の前でマシンガンぶっ放してんのに?つうか俺さっき撃たれたんですけど」
「煩ェ。ぎゃあぎゃあ騒ぐな」
ギリギリ銃弾が届く距離に位置するビル。俺たちは今、その屋上で時間を持て余している。ヒーロー二人がヤンキー座りで高みの見物ってのもどうかと思うが、正義の味方もスポットライトを浴びてなけりゃあこんなもんだ。
「しっかしあれが一般車ってどういうことよ。どう見たって装甲車じゃねぇか」
「あるだろうが、実際目の前に。あ、また撃ちやがった」
「おぉマジか。どれどれ…って違うっつうの!なんなのこの謎の時間」
「ヒーローはあくまでスポンサーの広告塔を兼ねた一般組織。警察の逮捕状がないうちに手ェ出したら、捕まんのはこっちだよい。分かりきったことを聞くな」
「んなもん待ってるうちに一般人が怪我ちしまうかもだろうが!警察が怖くてヒーローやってられっかってンだ」
逃走車両が繁華街に向かって右折したのを目視した瞬間、そこから飛び降りた。もって生まれた身体能力とそれを増長するヒーロースーツがあれば、こんなことは造作もない。どっかの映画の蜘蛛男宜しく、手首の装備からファイバーを伸ばして、ビルからビルへと街を飛ぶ。
銀行強盗をした“疑いのある”やつが乗ってる“と思われる”軍隊もびっくりの“一般車”の屋根目掛けて飛びついた。フロントガラスを覗き込んで、ぴらぴらと手を振る。
「ハロー」
「な、なんだお前!」
「俺、サッチ。宜しく、…する気はねぇんだ。悪ィな、時間がねぇもんで」
狙撃の腕も運転技術もてんでなってない。どうせどっかの組織にいいように言いくるめられただけの遣いっぱしりだろう。
と、たかを括ってたのがいけなかったらしい。
「おっと、そりゃあねぇだろう」
ガシャン、ガシャンと車が変形したかと思えば、フロントガラス越し1mmの距離でミサイルばりの砲口を突きつけられた。だから、これのどこが一般車だっつうの!
ヤニだらけの歯をひけらかして、目の前のおっさんがにやりと笑った。
…アン、悪ィ。
やっぱ映画無理かもしんねェ。
バン
「…阿呆が」
「おー流石マルコ。タイミングぴったりだな」
間一髪。頭が吹っ飛ぶギリギリで、マルコが相手を撃ち抜いた。
背後にはテレビカメラを載せた中継車。出来すぎた程にナイスタイミングだ。
「White Bread所属、不死鳥マルコに逮捕ポイント100加算!!これで今期32000ポイント目です!堂々たる首位の貫禄、まさにヒーローの中のヒーロー!」
興奮気味に叫ぶアナウンサーに、マルコは向き直った。カメラをまっすぐに見つめて、ポージング。
「俺の炎はちょっぴりコールド、お前ェの悪事を完全ホールド!」
「ぶひゃひゃ。しかしお前よくやるよなぁ。俺の炎は、…なんだって?ぶひゃひゃ」
「煩ェ。それが仕事だろうが。てめぇもちったぁ真面目にやれよい」
逮捕劇に伴う一頻りの賑わいも引き始めた頃、俺とマルコは裏町の道端で缶コーヒーを飲みつつ一服していた。ペアを組んでもう何年かも分からないくらい長い付き合いの俺たちは、事件後はいつもこうして一服する。スーツを脱ぎ捨てるのは面倒だが、マスクも取りたいし、休憩もしたい。だからこその裏町だ。
「あー今日も俺ってばポイントゼロか。とほほ」
「まぁナイスアシストだったじゃねぇか」
デビュー当初から常にトップの座をほしいままにしているマルコと、記録より記憶に!をモットーに華々しく活躍、…っつうかまぁ正直成績のぱっとしない俺のペアは度々解消の危機があったが、その度にスポンサーである親父がそういった声を笑って一蹴してくれた。本人から聞いたわけじゃねぇがマルコも「俺の相方はあいつしかいねぇよい」とクサい台詞を吐いてくれたことがあるんだとか。いやはや、ありがたいっつうかなんつうか。
「アシストしたつもりはなかったんだけどな。まぁ結果オーライか」
「よい」
俺にも自分なりのポリシーがあるから、自分を変えるってのはなかなか難しいけど、それでもこうしてヒーローを続けられるのは親父やマルコのおかげだってことは痛いほどに分かってる。まぁとにかく感謝してるわけだ。
「そういやお前、時間平気なのか?約束があるっつってたろい」
「おう、ってもそろそろか。いやー間に合ってよかったぜ。一時はどうなることかと」
ピーピーピーピー
「…鳴ってるか?」
「俺には鳴ってるように聞こえるよい」
「二件連続ってどうなってんの、この街。…っていうかもうすぐ2時なんだけど!?パス。俺、今回パス」
「パス制度なんざ、ねぇよい。さっさと行くぞ。デートより人助けだろうが」
「なにそのドヤ顔。彼女いねぇからって、そういうひがみはどうかと思うぞ、マルコ」
「…煩ェ」
『ヒーロー各位に緊急連絡。ヒーロー各位に緊急連絡。エルマルの繁華街にある映画館にて爆弾テロ。負傷者多数。現在犯人は居合わせた観客を人質に立て篭もっており、人命救助を最優先に、…』
−ねぇサッチ、どこだか分かってる?−
−ん?あぁいつものとこだろ?−
−あーそれ絶対違う−
「…嘘だろ」
−今日はなんと、できたばっかのとこです!−
−できたばっか?そんなんあったか?−
頭より先に走り出していた。
背後ではきっとマルコがまた先走るなとかなんとか言ってるんだろうが、端から耳にも入らなかった。
−もう、なんで知らないのよ。町中の話題なのに!−
−悪ィ悪ィ。俺ってばアンちゃんにしか興味ないもんで−
−なっ、そ、バカじゃないの?!バカサッチ!!!−
「ありえねェだろ。なんで、よりによって…」
人並みはずれた体力と身体能力が備わってンだ。ビルの間を跳んだって、走ったって時間的に大差はない。そうであれば走りたいと思った。飛んで駆けつけるなんて格好つけたポーズなんか、要らねェ。
ただ、ただ一分でも、一秒でも早く。一歩でも早く。前へ、前へ。がむしゃらに、馬鹿みたいに足を動かして、疾走。
−楽しみだね、サッチ−
成績なんて万年低空飛行の俺だけど。
記録よりも記憶に、なんてそれらしいことを言ってみたって、結局パッとしないアシストばっかの二流ヒーローだけど。
それでも、
「お前守れんのは、俺しかいねェだろうがっ」
守りたいもん守れねェで、なにが。なにが、ヒーローだ。
「まだ無事でいてくれよ…アンッ」
【駆け抜けろ、泥まみれヒーロー】
お前は俺が絶対ェ守る。