正反対が同席 | ナノ


▼ とある腑抜けの言い分



私の旦那は重役だ。バシバシと的確な指示を飛ばし、部下やら秘書を従え社内を闊歩するその様は正にできる男然としていて、格好いい。何故妻である私がそんなことを知っているかと言うと、私もかつて彼の部下だったからだ。つまりブイブイマルコを毎日見ていたわけだ。S気満点の笑顔と男らしい色気に、私は日々くらくらと胸をときめかせていた。

「ねぇ」
「…」

「ねぇってば」
「…」

スーツのまま寝転ばないで。
家に帰ってきて早々ソファに転がったまま微動だにしない旦那に呆れつつ声を掛ける。

「…よい」

数秒後に漸く返って来た返事がくぐもっているのは、うつ伏せだからだ。結婚して1年、私にはもうこの人が馬鹿でかい赤ん坊にしか見えない。重圧のある役職だ。激務なのは分かる。疲れてるのも分かる。でも、家に帰った途端、見事なまでの腑抜けに成り下がるのはいかがなものか。

「スーツ皺になるよ」

こてんと顔だけをこちらに向けたマルコは目を瞑ったまま「…形状記憶、よい」と言った。アホか。私が好きだったS気満点の笑顔と男らしい色気を携えた男はどこに行ってしまったのか。妻が小さくため息を吐いていることなどまるで気付かないらしい、マルコはソファの上でもぞもぞと動いて、丸まった。ふぅと漏れ聞こえた吐息は非常に満足げだ。髪までだらけているように見えるのは気のせいだろうか。

「…アン聞いてくれよい。俺ァ今まで無理してたのかもしれねぇよい」
「え?」

なんだ?どうした?
さてはこのまま寝る気なのかと思ったら、マルコはおもむろに随分意味深な科白を口にした。

「俺ァ他人の泣きそうな顔を見るとゾクゾクしたり、涙が零れ落ちる寸前で必死に堪える顔が好きだったんだが、」
「何さらっと怖いこと言ってんの」

「そりゃあどうやら違ってたみてェだ」
「よかったよ、正常な人間に戻ってくれて」

よかった。本当によかった。

「お前と会って、罵られンのも悪くないって気付いたんだよい」
「は?何言ってんの?っていうかバカじゃないの」

「はぁ、もっと言ってくれよい」
「色っぽい声を出すな」

どうしたんだ。今日の旦那はいつもにも増して変だ。まるで力の入っていない寝言のような緩い言葉に、私は笑ってしまった。ぺしんと軽く頭をこつくと、へへへとなんとも気持ちの悪いにやけ笑いが返って来た。やばい、ウケる。寝ぼけてるんだとしたら、ムービーでも撮って後で見せてやりたい。向こう100年は主導権を握れる気がする。携帯取ってこよっと。

「ん?」

そろりと立ち上がると手首を掴まれた。タイミングを逃した私は膝立ちのまま首を傾げる。

「何?どうしたの?」
「…」

「…おーいマルコさーん」
「……」

マルコは突然、堂々と寝たふりを始めた。どうやら構ってちゃんごっこが始まったらしい。この人の厄介なところはこういった類の遊びをわざとやるところだ。甘えたり甘えられたりという雰囲気自体を楽しんでいるわけだ。現に口角は緩く弧を描いているし、薄目を開けて此方を見上げる目許は随分楽しげだ。

「そ、そんな大人の余裕見せ付けられたってドキドキしないんだからね?」
「ククッそうかい。そいつァ残念だ」

私が既にどぎまぎしてることなんてお見通しだとばかりにマルコは楽しげに喉を鳴らす。

「どうすりゃあドキドキしてもらえんのかねェ」

言いながら伸びてきた手が、私の髪を梳かすように撫でる。毛先をくるくると指に絡めて、そのまま頬を包んだ。マルコの手はとても大きいから、耳から顎の辺りまですっぽりだ。

「そんなこと私に聞かれてもなぁ」

目許をなぞる親指が擽ったくて小さく笑うと、視線の先でマルコも微笑んだ。この青がこれほど穏やかに、深く、優しい色になることを知ってるのはきっと私だけだ。

「とりあえず横んなれ」
「何する気デスカ」

「何もしやしねぇさ。ナニするだけだ」
「イントネーションがおかしいんだけど」

そうかい?
そうだよ。

男らしい腕に導かれるまま隣に横になると、マルコは私を優しく抱きしめて、髪にそっと唇を落とした。
二人の重みにソファがぎゅうと鳴いた。そりゃそうだ、そもそも大人二人が寝転ぶなんて無理がある。

「狭いよい」
「寝ろって言ったよねぇ?!」

横になれと言った張本人のくせにマルコはまるで不服だとばかりに文句を言う。それならばと身体を起こすと、今度は「どこ行くんだい」と口を尖らせた。その仕草がまるで甘えん坊の子供のようで、私はいよいよ可笑しくなって、声を上げて笑った。


【とある腑抜けの言い分】
絶対的な安らぎを教えたのは君だから。

「責任、取って貰わねェとな」
「…何の話?怖いんだけど」






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