正反対が同席 | ナノ


▼ あぁもうこれだから



優しくして欲しい、でもたまにはそっけないくらいがいい。
愛を囁いて欲しい、でも毎日は勘弁。
リードしてほしい。でも振り返ってくれなきゃ嫌。

ないものねだり、なんだろうとは思う。親友の彼氏が羨ましいと思うなんて。

「あの人って本当は私なんて必要じゃないのかなとか思っちゃうのよね」
「仕事もバリバリで大人の余裕も包容力もあるなんて、私は羨ましいけどなぁ」

「たまには好きとか言ってほしいじゃん」
「言われすぎるのも案外困りもんだよ」

苦笑いを零して肩を竦めると、レッドは「確かにサッチほどは要らないけど」と笑った。
学生時代からの友人のレッドはカフェの店員として働いている。
センスのいいそのカフェの雰囲気は彼女にとても似合っていた。昔からこれといった取り得もなく冴えない私とレッドは不思議と馬が合った。性格は正反対とまではいかなくてもそれに近いものがあるけど、私たちは卒業してからもこうして時間を見つけては愚痴を言い合う程度には仲がいい。

サッチのことは、好きだ。きっと今まで付き合ってきた誰に対する愛情よりも深く、確かな何かで繋がってると思う。
優しいし、愛情表現はストレートだし、年上のくせにたまに子供に見えてしまうところが可愛かったりもするんだけど、やっぱりちょっと不満だったりもして。サッチは言動がチャラ…軽めだから、マルコさんのような大人の魅力や余裕をもう少し身に着けてくれてもいいんじゃないかと思ったりもする。所詮ないものねだりだし、結局私がサッチのことを好きだって事実は変わらないんだけど。


「…サッチ?」

眠りに落ちてどれくらいだろう。ふと背中にぬくもりを感じて目が醒めた。

「遅かったね。先に寝ちゃった。ごめんね?」
「…ん」

いつの間にやらサッチはベッドの中にいた。
後ろから包むように抱え込まれて、かすかに冬の香りが混じったサッチの息遣いに心がじんわりと暖かくなった。触れる服も手もひんやりと冷たいけど、家についてすぐ私のところに来てくれたことが、嬉しい。
あぁまたスーツが皺くちゃになっちゃうなぁなんて思いながら自然と笑みが零れる。

「ご飯食べた?」
「腹も減ってるけど、おかえりのチューがまだってことのほうが、俺的には」

「堪えちゃうんだ?」
「ん、正解。なぁこっち向いて」

想像力の豊かさと幸せは比例すると言っていたのはどこの誰だったか。
この前クリーニングに出したスーツまだ仕上がってないのになぁなんて思うことにすら幸せを感じられる私は、サッチ曰く、幸せを生み出す天才、らしい。だってスーツの心配ができるってことは、サッチの日常と私の日常が溶け合って繋がってるってことだから。毎日の暮らしにサッチがいてくれるだけで、私は本当にたくさんの幸せを見つけることができる。

チュッ。おかえりのキスはいつも子供みたいだ。
普段は自分でもうおっさんだなんだって言ってるくせに、こういうときのサッチは本当に可愛い。
レッドの彼…マルコさんも二人の時はこんな風に甘えたりするんだろうか。いや、しないか。しないよね、きっと。レッドの話を聞く限り、天地がひっくり返ってもなさそうだ。
レッドはそれが不満らしいけど、きっとレッドにはマルコさんのような落ち着いた人が合ってるんだろう。本人は気付いてないだろうけど、今日だって愚痴を零すレッドの瞳はとても穏やかだった。

「…アンー」
「んー?」
「好きー」

「…アンー」
「はーい」
「愛してるー」

とっくにつぶれたリーゼントを私に押し付けて、サッチはくぐもった声で何度も何度も愛を囁く。
もはや日常の一部になっているやりとりだけど、今日はいつもと違う返事を返した。特に意味があったわけじゃない。なんとなく疑問に思っていたことが口をついて出ただけだ。

「サッチはさ、なんでそんなに好きって言うの?何度も言わなくたってちゃんと伝わってるよ?」
「んー…」

少し考えるような空白の後、ぽつりサッチが呟いた言葉に目を丸くした。
だってまさかサッチの口から「不安だから」なんて科白が飛び出すと思わなかったから。

「不安…なの?私どこにも行かないよ?」
「そうかも知れねぇけど、分かんねぇだろ。俺より甲斐性あるヤツとか、俺よりリーゼント決まってるやつ…はまぁいないだろうけど。もしそんなヤツが現れてアンが取られたらどうしようとか考えちまうわけよ、俺は」

ぐりぐり。頭を擦りつけながらサッチはぐずるように言って、まさかそんなことを不安に思っていたなんて夢にも思っていなかった私はぐりぐりされたまま、目をぱちくりするばかり。

「そうなの?」
「そうなの。だってほら、俺今まで散々遊んできたし?人のものほど奪いたくなる時期もあったし」

「そ、そうなんだ」
「若気の至りな。そういうのダメ、絶対。アンを奪おうなんてダメ。絶対ダメ」

「誰も奪わないってば」
「だからそんなの分かんねぇだろー。アンが俺を捨てるかも知れねぇし」

「それは…」
「…」

「ないよ」
「え!なんなの今の空白。…まじで?」

がばっと顔を上げたサッチは酷くまぬけな顔で、垂れた前髪までしおれて見えた。

「冗談だってば。今日のサッチはいつもにも増して甘えんぼだね。今日は甘えたい気分?」
「…だったら?」

おなかに回された手がきゅっと服を握った。私もそっとその手を包んだ。
私なんかの手じゃ到底包み込んではあげられないけど、その分優しく、暖かく。

「だったら…。困ったなぁ」

私の言葉に、耳元というより首筋辺りでサッチがぽかりと疑問詞を浮かべたのが分かって、可愛いなぁなんて。年上の男の人に抱く感情じゃないのかもしれないけど。

「だって私も甘えたいのに。…サッチに」

一瞬、虚を突かれたようにきょとんとしたサッチに笑みが零れたのは、やっぱり可愛いと思ったからなんだけど、
次の瞬間にはぐるりと体勢が入れ替わって、目を開けたらその先には月明かりが照らす天井をバックに妖しく獰猛な色を湛えた熱い瞳が私を捉えているのだから、あぁもうこれだから男は。


【あぁもうこれだから】
大好きなんだってば、バカ。




[ back to short ][ back to top ]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -