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▼ 逢いたいから

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「おー俺っちだぞー」

夜11時。
まだ少し肌寒い春先。玄関のドアを開けるとサッチが買い物袋を下げて立っていた。スーツ姿のサッチはもうコートは羽織っていないらしい。少し寒そうだ。

「いらっしゃーい」
「さっきスーパー行ったら里芋が安くてよー、煮っころがそうぜ」

サッチは当たり前のようにキッチンを占領してパタパタと支度を始める。心なしか楽しそうだ。

「で?こんな夜中に何しに来たわけ?」

本当は分かっているけど一応聞く。社交辞令みたいなものだ。
私は冷蔵庫から出してきたみっちゃんのキャップを捻りながらキッチンの壁に凭れた。オレンジジュースはあんまり好きじゃないけど、おまけにモビーがついてくるかもしれないのだ。当然、買う。私はモビーが大好きなのだ。

「んー?聞きてぇ?」

器用に里芋の皮を剥きながらサッチがこちらを振り返る。

「聞きたくないけど話したいんでしょ?」

なんて辛辣!なんて言いながらサッチの頬は緩みまくっている。自覚はないのだろうか。

「アンもあいつみたいに可愛くしねぇと男寄って来ねぇぞー?」
「うるさいなぁ。自分が幸せだからって人を巻き込まないで」



「いただきまーす」

サッチの料理はあったかい。あったかくて懐かしい。だから余計に私を苦しめる。
私とサッチは幼なじみでずっとずっと一緒にいた。サッチは今まで色んな人と付き合ったけどどれも本気じゃなかった。でも出会ったらしい。最後の女とやらに。

「あーあいつもう寝たかなー?」
「寝たんじゃない?よい子は早寝っていうし」
「なるほどなー。だからお前は起きてんのか」

あいつ、あいつ。
1か月前からサッチは口を開けばあいつの話ばかり。
そして私と比べるのだ。あいつはああなのに、お前はこうだ。いつもあいつが素晴らしくて、私はダメなほうだ。

「なんだよ。食わねぇの?」
「・・・ダイエット」
「・・・お前が?!」

信じられないとばかりに目を丸くするサッチに、私はすごく腹が立った。腹が立って人参をサッチのお皿に移した。

「あ!こらっ好き嫌いすんなっていつもいってんだろ」
「おかんか」

サッチは私の嫌いなものを全部知っている。人参が嫌いでアスパラは克服したことも、オレンジジュースはあんまり好きじゃなくてリンゴジュースが好きなことも、
右肘に残っている小さな傷跡が小学生の時ネコにひっかかれた跡だってことも、全部全部知っている。

でも、私がずっと想い続けてる相手がサッチだってことは知らないし、これからも知ることはないだろう。おそらく、一生。

「あー早く明日にならねぇかなぁ」

恋をして浮かれてるサッチは見たくない。
もうここには来ないで、何度言おうとしたか分からない。

でも言えない。
【逢いたいから】




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