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▼ 開いてはいけない扉

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一瞬で心を奪われた女がいる。また会いたいけど、今はいい。いつかまた、必ず会えると分かってるから。

不思議な夢をみた。暖かくて、悲しくて、ずっと見ていたいけど見てはいけないのだろうと思う、不思議な夢だった。

閉じた瞳の奥で、小さな歌声が聞こえた。

確か今夜は敵襲があっていつもどおりの宴で騒いで、その後どうしたんだっけ?思い出せない。記憶を辿っていると、島に上陸したと騒いでいるクルーたちの声が聞こえた。島だ、女だと騒いでいる野郎共の声や繰り広げられるやり取りは確か昨日聞いたものだったような気がする。わずか一日でログが貯まるような小さな島だから食料だけを簡単に調達して、今朝出航したはずだ。
で、夜に敵襲があっていつもどおりの宴で騒いで・・・あれ?思い出せない。なぜだか背中がひどく熱い。


気がつくと、俺は甲板にいた。先にいくぞーと嬉しそうに肩を叩いてくるエースとハルタに、探検もほどほどにしろよと苦笑いを返す。
あれ?このやり取りも知ってる気がする。デジャブか?預言者にでもなった気がして、俺はなんだか嬉しくなった。まぁいっか。とりあえず俺も街に繰り出そう。

久しぶりの上陸。作業も割り当てられていない。つまり丸一日自由だ。
岩陰に隠すように泊めた船から全面に広がる草むらを歩いていたら、風に乗って歌声が聞こえてきた。すでに多くのクルーが踏み慣らしてできた即席の草の道を外れてそちらに足を向ける。昨日とは違うパターンだと思いながら。

だたの好奇心だ。
街でイイコトをするにもまだ昼前だし、なんとなくその声のところに行かないといけない気がした。


森というより植物の無法地帯。僅かに届く声を頼りに道なき道を進む。
人間の侵入を拒絶するかのように縦横無尽に延びるツタをしゃがんだり飛び越えたりしていると、目の前が突然開けた。木々がまるでドームのように天まで覆い、穏やかな木漏れ日が優しく降り注いでいる。時に取り残されたような空間だった。
中央に女がいた。
倒れて苔むした大木に腰をかけている女は、俺に背を向けていて、木々の隙間から覗く空を見上げて歌っていた。囁くように、悲しそうに、だけど力強く響くそのメロディーはとても儚く、雄大で。まるで祈りを捧げているようだ
俺は神聖な儀式にでも立ち会っているような気持ちになって、ただただその場に立ち尽くしていた。

ふと、歌声が途切れる。

「終わりなのか?」

まだ続きがあるのか終わったのか分からないような、曖昧な幕引き。ゆっくりと振り向いたその顔は、この世のものとは思えないほどの美しさだった。
目を奪われた。いやたぶん心までもが奪われた。一瞬で。

「お前、妖精か?」

脳を通らないまま口から出た台詞はひどく滑稽で、俺は慌てて付け加える。

「あーワリぃ。俺はサッチだ。名前聞いてもいいか?」
「・・・あれ?いや、怪しいモンじゃねぇんだ、ただきれいな歌声だと思ってよ」

情けないほどに両手をばたばたと振ってあーだのうーだの言っていると、目の前の女は微笑んだ。

口をほんの少し緩ませただけなのに、目がほんの少し細くなっただけなのに、
目が、離せなくなった。

呼吸さえ忘れたかのように立ち尽くしていると、女は静かに立ち上がった。木々から漏れる僅かな光の中なのに、流れるような純白のワンピースは眩しくて淡い光に包まれているように見える。女がゆっくりと言葉を紡ぐ。

「ここに来てはいけないわ。この歌も、聴いてはいけない」
「なんでだ?」

漸く口を利いてくれたと思ったら理解不能なことを言う。来るなと言われても来てしまったものは仕方ないし、どうしてもここから離れたくない。

あぁ惚れちまったな。もっと一緒にいたい。もっと聴きたい、あの歌を。

「もう一回歌ってくれよ。さっきのやつ」
「・・・ダメか?あーじゃあそうだ、街に行かねぇか?こんなとこじゃなくてよ」

惚れたのなら、迷わず誘うべし。俺のポリシーだ。相変わらず返事は返ってこないけど、目の前の女は穏やかに微笑んでいるから、調子に乗ってどんどん言葉を重ねる。

「この島の名物はなんだ?案内してくれよ」

俺がへらっと笑いながら誘うと、女は悲しそうに目を伏せた。

「無理よ、」

どこからか風が吹いて、滑らかなワンピースが空気を纏ってはためいた。そのまま消えてしまいそうな儚い姿に、俺は無意識に手を伸ばす。

「だって私、死神だもの」

伸ばした手は空気さえ掴めなくて、遠くからは愛する家族たちの泣くような喜ぶような声が聞こえた。

一瞬で心を奪われた女がいる。
また会いたいけど、今はいい。
いつかまた、必ず会えると分かってるから。



【開いてはいけない扉】
あなたはまだ、来てはいけない。





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