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▼ さあ、お手をどうぞ

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例えば、とても大切だと思う相手がいて
例えば、その絆を友情と呼ぶとして
例えば、それが男と女だったら
その関係は崩すべきか崩さぬべきか。

飲み屋を出るアンは既に千鳥足もいいところで。俺は軽いステップでトトンと階段を降りながらさりげなくその隣をキープした。

「ってアンチャン何やってんの?」
「ちゃん言うな。帰るに決まってんじゃん」

「その状態でなんでマウンテンバイクに乗ろうとすっかな。危ねぇだろ」
「いや、これ乗って帰るし!危なくないし!」

漕ぐの超速いから問題ないというアンの問題だらけの発言に肩を竦めて呆れましたとポーズをひとつ。そんなところさえ可愛いと思う自分のことは、棚に上げた。

「だーめだっての。お前絶対こけんだろ」
「速いからこけない。遠心力」

地べたに座り込む勢いでしゃがんで鍵をガチャガチャやっているアンがこちらを見上げてムッと口を尖らせる。その隣に身を屈めて、

「慣性の法則な」
「あっ」

アンの手から鍵を奪った。

「何を偉そうに!ギリギリ理系野郎!返してよ!」
「ギリギリってひでぇ。まぁ否定はしねぇけど」

一応理系の学部を卒業したし、論文の時期にはそれなりに実験にまみれもしたけど、それももう遥か昔。そもそも今の仕事にがっつり関係してるわけでもねぇし。

「がっつりどころかただの風船屋じゃん」
「こら、バルーンアートと言いなサイ。あれだって気圧の加減とか色々あんのよ。ていうか心の声読まないで」

少しおどけて返しながら、マウンテンバイクをひょいと持ち上げて店の裏に持っていく。今日は乗るの禁止という強硬手段&盗まれないように。アンの大事なお気に入りだからな。アンはその場にしゃがみ込んだまま、その様子をぽけーっと眺めていた。

「…どろぼー」
「俺かよ!」


「ほら、帰るぞ。送ってく」
「おー優しさの裏側が透けて見える」
「そこはイイヒトでいいだろ」

俺が手を差し出すと、ワンテンポ遅れてアンも此方に手を伸ばした。思いがけず小さな手をしっかりと包んで引き上げる。一瞬緩んでしまった口元を見られないようにきゅっと締め直した。まぁ酔ってるこいつはそこまで見る余裕ねぇと思うけど。
こんな些細なことでも嬉しく感じる。普段のアンなら、自分で歩けるなんて可愛げのないことを言うに決まってるから。

今日はアンの誕生日。仲間とわいわい祝って、今はその帰り道。

「お前まじで酔ってんな。フラフラじゃねぇか」
「酔ってない。酒には酔わん」
「はいはいそうかよ」

どさくさに紛れて手を繋いだまま、人気のない道を歩く。いつも思うけど街灯をオレンジにしようと思ったやつは天才だと思う。味気ない道に雰囲気という彩りを添えるから。本当はただのナトリウム灯で、単に物の凹凸がよく見えるってだけの理由だけど。今の俺はそんなことにさえ感謝してしまう。
このチャンスをずっと待ってたから。いや、待ってたなんて可愛いもんじゃねぇ。狙ってた。

腕を引っ張られる感覚にふと左斜め下に目を向けると、アンは地面のタイルを微妙に避けながら歩いていた。何のゲームだ。っていうかルールさえ分からないくらい全然避けられてねぇけど。

「なぁアンさ、俺たちって知り合ってどんくらいだっけ?」
「何、急に。覚えてないよそんなの」

地面に向けていた顔をツイと上げてアンが興味のなさそうな声を出す。

「ジャージャン!さぁここで問題です。俺とアンが知り合ってから今日でどんくらいでしょーか?!」
「末期か」

俺の頭に目を遣って憐れんだ表情を浮かべるアンに、性懲りもなくまた顔が綻んでしまう。アンが、言葉とは裏腹にすげぇ楽しそうに笑ったから。

「末期って。治療しても回復の見込みなしってか」
「そうだねーサッチは末期。サッチマッキ、マッチサッチ」
「言えてねぇし」


「正解は?さっきの」
「ん?あー俺とお前が知り合って、ってやつか?」

二人の間に心地良い沈黙がほんの一瞬。今度はアンが口を開いた。

「俺たちって知り合ってから結構一緒にいるよな」
「答え言わんのかい」

「週末もなんだかんだ一緒にいるし」
「マルコもだけどね」

「夜中に一緒にカフェ行ったりするし」
「うちWi-Fiないからね。っていうかサッチが勝手に来、」
「これってさ、」

言葉を遮って、立ち止まる。信号が点滅して青に変わった。一瞬確かに目が合ったのに、アンはふいと逸らして「青んなったよ」なんて言う。
手を引いて進もうとするアンを、
引き寄せて、

「もう付き合ってるでよくね?」

抱きしめた。


「…マルコもいつも一緒じゃん」
「あいつより俺のほうが好き」

「何それ」
「俺のほうがぜってぇ大切にする。…し、俺といたほうが楽しいし?」

「楽しさはべ、」
「大切だろ」

なぁアン、もういいだろ。
お前がいつも俺のこと見てるって、俺気付いちゃってんの。
お前がいつもまずは俺に声掛けてるって、俺知ってんの。

腐れ縁の3人。
仲良しの3人。

そんなんもうどうでもいいだろ。何より俺はもう、

「サ、サッチちょっと待っ、」
「…待てねぇ」

そんなごっこ続けらんねぇ。


例えば、親友と呼べる異性がいて
例えば、そいつにキスを落としたとして
その顔が、真っ赤に染まっているとしたら
その瞳が、期待に潤んでいるとしたら
もうお前に選択肢を与える必要はないってことだろ。

「黙って俺にしとけ」


【さあ、お手をどうぞ】
友情を突き詰めた先は、きっと愛情。
「あ。赤んなっちまった。じゃあもう一回」
「ち、調子に乗るなっ」



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