▼ 月と寄り道
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どうしようもない帰り道。
見上げた先には紺色の空にぽっかり浮かぶ月。
草原に伸びる道の先には、月の光を反射して煌めく海。
フィルター越しの煙を肺一杯に吸い込んで吐き出した。
「まだ起きてっかなぁ、あいつ」
【月と寄り道】
「あら、もう行くの?今夜は寝ていらしたらいいのに」
「…まぁな。人待たしてっから」
シーツを胸の辺りで押さえたまま起き上がった女の枕元にコインを数枚。破格だろうそれに目を遣った女は小さく揺らめく灯りの中で微笑んだ。
「ふふっさすが隊長サンね。ご贔屓に」
届いた言葉には答えず背を向けた。
ひとときの熱さえ醒めれば興味なんてねぇンだ。
振り向きもしないで扉を閉じる。
肌を撫でる風が虫の鳴き声と湿気を乗せて吹き抜ける。とうに崩したリーゼントを後ろに流しながら、空へと昇る頼りない揺らめきを目で追った。
起きてるだろうか。
あいつは気が強くて勘がいいから、一人知れず泣いているかも知れない。
そしたら抱きしめよう。
泣きつかれて寝ていたら、その唇にキスを落して共に眠ろう。
もし怒っていたら、その怒りごと包み込んで愛してると告げよう。
いつからだろう。
こんなにも愛しいお前以外を抱くようになったのは。
待っていてくれることが嬉しい。
俺の事だけを考えて、俺の為に流れるその涙が、
許さないと言いながらシャツを握り締めるその手が、
堪らなく愛しい。
「早く会いてぇな」
ぽつりと零れたその声からは弾むような嬉しさが洩れていて。
寄り道の帰り道。
帰る場所があるからこそ、寄り道ってのは成立するんだ。
なぁそうだろ?アン。
お前がいねぇと俺はダメで。俺がいねぇとお前はダメで。
でも有難みってやつは案外簡単に薄れちまうから。
つまり、今夜の情事は巡り巡ってお前の為なんだと思う。
【月と寄り道】