▼ 惚れたら負け、とはいうけれど
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例えば、好きだ好きだと言われ続けて、仕方なく付き合った相手がいて、いつの間にか私のほうがハマってしまったとしたら、そんな場合はどうすればいいのだろう。
「ぎゃははは!」
停泊中の島での宴。
どの酒場に行っても常にクルーの誰かが騒いでいる。大きいとはいえない島は突如現れた大量の客に、さながら毎日がお祭り騒ぎだ。ウチの守る島ではないけど、海賊とはいえ町の人間に手をかける者などいないから島全体が歓迎ムード。
時刻は19時過ぎ。浮ついたように活気づく大通りを逆流。既に出来上がったクルー達と挨拶を交わしながら、短期間で通い慣れた店に急ぐ。
会いたい人が、そこにいるから。
航海中はなんだかんだ日に何度も顔を合わすけど、島に下りてしまえば夜のこの時間くらいしか姿を見られないから。それ以外の間は何をしているのか、なんて野暮なことは言いたくないし聞きたくもない。
島に着けば酒だ女だと騒ぐ。私もそれについては何も言わない。
海賊なのだ。あの人も、私も。
確かに付き合ってはいるけど、束縛するものされるのも、柄じゃない。そう思うから。
「おぉーアンやっと来たかぁ」
「うん、ごめん遅くなった」
年季の入った扉を開くと、店の手前右端の一角から声が掛かった。ラクヨウだ。私の恋人。
店内を見渡すと隊長格は店内一番奥を陣取って飲んでいた。サッチが此方に気付いて手をピロピロ振るから笑ってしまった。
ラクヨウはその輪から離れた別の輪にいる。今日は所謂下っ端のクルーたちと飲んでいるらしい。自隊のクルーでもないだろうけど、非常に楽しそうだ。隊長とか古株とか新入りとか、海賊とか一般人とか。この人はそういう垣根を簡単に乗り越えて打ち解けてしまう。
「今日はえっと、どちらサンでしたっけ?」
「ぐはっひどいっすよ!姉さん!」
「ぎゃははは!ひでぇなアン。で、お前ら誰だ?」
「ちょっ、えぇ!?俺らかれこれ1時間は飲んでますよね?!」
こういう性格だから女だって寄ってくる。近寄りやすいのだろう。夜の女からすれば、白ひげの隊長と夜を共にしたというのは一種のステータスだ。まぁ当然本命は奥で飲んでるマルコやイゾウなんだろうけど。
「ねぇ隊長サン?」
ほら、来た。私が同じテーブルにいたって関係なし。色気を隠すこともなく、むしろひけらかすようにソウイウ雰囲気を醸し出した女が背後から腕を絡める。
「ん?おぉなんだァ?」
それからなにやら一言二言話して、あっという間に出て行ってしまう。
彼女が、いるのに。
真正面で事の成り行きを見ているのに。
ラクヨウに悪気はない。
馬鹿なのだ。馬鹿で、単純。誘われたら乗ってしまうし、ちょっといい女だったらラッキーとばかりに喜んでしまう。
付き合い始めの頃はこうではなかった。
好きだ好きだと追い掛け回わされて、渋々OKするとラクヨウはそれはもうこちらが恥ずかしくなるくらい喜んだ。家族同士で付き合うなんて珍しくもないのに、祝いの宴なんてものが開かれたのは私達の時くらいだろう。
当時、ラクヨウは恋愛のれの字も分かってなかった。付き合い始めてからも馬鹿の一つ覚えみたいに四六時中くっついてきたから、私は言ったのだ。
「隊長なんだから、私の後ろばっかり追いかけてないでたまには女遊びの一つくらいしてみたら?」
正直、うんざりしていたのだ。追い掛け回されることに。
ラクヨウは大きな目をパチクリして言った。
「そういうモンか?」
それから時折ラクヨウは島で女を買った。いちいち報告してくるから、それってどうなの?なんて笑いながらも私はそれくらいの関係の方がよかったから、別に咎めもしなかった。そしたら、どうだ。今では私の目の前で堂々と女と出て行く始末だ。正直しつけを間違えたな、なんて思う。
「あーなんでこうなっちゃったかな」
アイツが出て行ったのを見届けて、私もふらっと外に出た。
いつの間にやら立場逆転だ。
私は、こう見えても好きなのだ。ものすごく馬鹿な男だけど、好きなのだ。
非常に今更だけど。今更ながら私は思う。
「…私だけ見てればいいじゃない」
まだまだひと気の多い浮ついた通りをモビーに向かって歩く。生ぬるい風に顔を顰めた。
唇をかみ締めて、空を見上げる。涙が零れそうだったからじゃない、なんて自分に言い訳。
「あー星が綺麗だなぁー!」
「お前の方が綺麗だぞ?」
振り返るとラクヨウが立っていた。
「なんで?」
「んー?お前が泣いてるような気がしたんだよなーなんとなく」
「…泣いてないわよ」
「そうか?じゃあまぁいいけどよ」
どうでもよさそうにドレッドを掻きながら、独り言のようにぼそぼそ言う。
「あのよぉ、俺、他の女と遊ぶのやめていいか?」
「え?」
「だからよ、お前が言っただろ?女と遊べって。でも俺やっぱお前だけでいいんだ。そういうのはだめなのか?」
「ふふっなにそれ。…あはははっ」
照れたように拗ねたように言うから、私は笑ってしまった。流れた涙は、笑いすぎただけということにしておいてほしい。
「わ、笑ってんじゃねぇよ。結構悩んでたんだぜ、これでも!」
「あはははっ分かった分かった。じゃあもうナシにしよう。他の女と遊んじゃいけません」
「おうっ」なんて照れたように嬉しそうに笑うその顔に、あぁやっぱり好きだなぁなんて思う。
ひひひっと笑いながら私を追い越してしまうから、その背中をしばらく眺めた後、うしろに続いた。一緒に歩くとか、女をエスコートするとか、そういう発想がないところがまた可愛いなんて思った私はやっぱり相当ハマってるんだと思う。
【惚れたら負け、とはいうけれど】
これは、ドロー?
「で、その手に持ってる雑草はなに?」
「あー花?やるよ」
「…なんでかすみ草だけなの?」
「デッケー花はもう売り切れてた」
「…ありがとう、って言ったほうがいい?」