▼ 不器用×2
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「なんかわくわくするね」
「そんな歳でもねぇだろい」
今日は縁日。
確かに縁日ではしゃぐような年齢ではないし、どちらかというとお母さんあれ買ってーなんていう可愛い我が儘に付き合っていてもおかしくない。でも今私が繋いでいる手はゴツゴツした男の手で、子供もいなければ結婚だってしていない。何故なら、「…チッ」マルコに全くその気がないからだ。
「おら、泣くな」
ぱたぱたと走って来た子供が目の前で転けて、泣いた。腕を引っ張って立たせるそのしぐさはとても優しいけど、眉間には大層なしわができていて。挙句舌打ち。
マルコは子供があまり好きではないらしい。正しくは弱いガキが好きじゃないらしいけど、子供とは皆弱いものだと思う。そもそも男には母性はないし、我が子が生まれて初めて子供を可愛いと認識するケースも多いと聞く。
でもやっぱり、悲しいなと思う。私との未来に釘を刺されているような気がして。
マルコは結婚とか家庭とか、その先にある子供とかそういうものを望んでいない。
私のことだって本当に好きなのかも怪しい。
女の影はないけど、そもそも影の有無を判断できるほど連絡をとっていない。私はメールも電話もするけど、マルコは基本的に返してこない。返ってきても素っ気ない。私からの誘いは友人を理由にことごとく断るくせに、呼び出したら私はいつでも来るものだと思っている。
随分な扱いだ。
こんなにぞんざいに扱われても、へらへら笑っている自分が情けない。
無理やり繋いだ手が振り解かれないだけで、嬉しい。
こうして隣を歩いているだけで、言いようもなく嬉しいのだ。
馬鹿だな、と思う。
こんな男にこんな歳まで振り回されている私は馬鹿だ。
「りんご飴でも食べようよ」
「あぁ?買ってくりゃいいだろい」
「だよね。言ってみただけ」
家を出るまではしゃいでいた自分が馬鹿みたいだ。
浴衣を着ようと言ってみたら珍しく乗ってくれたから。
『分かった』たった四文字のメールを何度も何度も読み返して、どの浴衣にしようかと持っている浴衣を全部並べて、鏡の前で一人ファッションショーもどきのことをして。流行の帯の結び方や浴衣に似合う髪型をチェックして、失敗して一人で慌てて。
馬鹿みたい。
金魚すくいをする兄弟
初々しい中学生のカップル
寝てしまった子供をおんぶした父親と当て物の景品らしいふにゃふにゃのハンマーを持った母親
賑やかな縁日
遠くから聞こえる盆踊りの音
蒸し暑い空気に混じるソースの匂い
汗ばんだマルコと私の手
その全てがぼんやりと輝いて見えたのは、私の目が滲んでしまったから。こんなにありふれた風景を見て涙が浮かぶのは、もう限界だと心が悲鳴をあげているから。
一番馬鹿なのは私だ。
「マルコ、私たちもう…」
「月が、」
私の言葉を遮ってマルコが夜空を見上げる。汗ばんだ手に力が篭る。
「月が綺麗だねい」
此方を見るその目が、緩く上がった口許が、思い掛けず優しいから。
「…うん」
たったそれだけのことで泣ける私は、きっともう貴方から逃げられないんだと思う。
【不器用×2】
ほんとは子供もアンのことも超好きなんだけど、不器用すぎて伝わらないおっさんマルコ、とか。