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▼ 熱帯夜にまどろみを

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ガサ

ゴソ

ガッサ

ゴソ

「…ってうっとおしいわ。寝れないの?クーラーつける?」
「ワリィ、起こしたかい」

体に悪いなんて頑なにクーラーの存在を否定するおっさん、もといマルコは私の恋人ってやつで。

「クーラーの存在意義全否定か」

「…リカさんの言う通りだったねい」
「リカさん言うな。いい加減キモイよ」

ダブルベッドの上で薄手のタオルケットを股に挟んで転がっているおっさんにツッコミ。深夜のこんな時間だから、お互い声も掠れてしまっている。
寝る前のニュースで「今夜は今年一番の熱帯夜です」と寝る気も失せるようなことをお天気お姉さんは笑顔で言った。このお天気お姉さんがリカという名前で、何故かマルコはいつもリカさんと呼ぶ。明らかに年下だし、そもそもリカとやら女はテレビの世界の住人で、当然知り合いでもなんでもない。そういうボケなのか何なのか分からないことを言うマルコも、いちいちツッコむ私も世間的に見ればいい歳で、会社ではそれなりの地位についていたりする。いろいろなことに目を瞑って綺麗に言い替えれば、素を出し合えるかけがえのない存在ということになるのかもしれない。
とにかくリカさんとやらの予想は見事的中した。まぁ予想したのはお姉さんの隣にぬぼーっと立っていた気象予報士のおじさんだろうけど。

「んーよいよい」
「アッツ。ちょっとマルコくっつかないでよ。ペトペトする」

暑くて眠れないはずのマルコが何故かこちらに転がってきた。転がるといっても元々腕一本ほどの距離しか離れてなかったんだけど。
マルコは寝る前、就寝中、そして寝起き、総じてベッドにいる間は甘えん坊に変身する。もしこの光景を部下が見たら卒倒するに違いない。会社では、厳しく時に優しい理想の上司だから。もちろん決して演じているわけではないし、会社での彼もあれはあれで“マルコ”なのだ。

人間皆様々な顔を持っている。誰もが思いがけない一面を持っていて、つまり人間ってやつは可愛いらしい生き物だ。
マルコと付き合って、私はそんな哲学じみたことも学んだ。だって、知り合った当初の完璧にスーツを着こなしたマルコや私を落としにかかってきた色気満点マルコからは到底想像できないから。

「…暑いよい」
「…離れたらいいんじゃないかな」

暑い暑いと言いながらがっつり抱きついて足まで絡めてくるもんだから笑ってしまう。胸に埋まった髪を撫でると腰に巻きつく力が強くなって、そのまま髪を掠めて後頭部を撫でるとどこ触ってんだい、なんてどこぞのセクハラに遭遇した女子のようなことを言う。ククっと笑う吐息が胸に当たってこそばい。

好きだなぁと思った。
私、この人がすごく好き。

若者とは到底言えない年齢に差し掛かっているけど、この熱いくらいの温もりも、掠れた声も、ちょっと重い逞しい腕も、出会えて良かった。そう思う。

「マルコ、好きだよ」
「…俺も今そう思ってた」

奇遇だねいなんて笑うその声はとても穏やかで、特徴的なその語尾さえ心地良いから、私はやっぱり、出会えて良かったと思う。


【熱帯夜にまどろみを】




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