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▼ いつか素直になったら

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私には幼なじみがいる。
食べることと寝ることと楽しいことにしか興味がない。三度のメシよりメシが好き。そういうやつだ。
どうしようもないバカだけど周りには常に誰かがいて、いつもみんなの中心で笑ってる。その笑顔は誰よりも明るくて眩しい。

いつからかそんなルフィに苛立ちしか感じなくなった。その眩しい笑顔が疎ましく感じる。仲間の輪の中心でのんきに笑っている顔にイライラが募る。バカみたいな声に、怒鳴りたくなる。

「ルフィ邪魔しないで」
「お前なぁ、今休憩時間だぞ。きゅーけーってのはな、休むもんだ」

背景にどんと大きな文字が見えそうな勢いでバカ丸出しなことを言うこの人はルフィ。私の幼なじみだ。
休憩時間の意味くらい私だって知ってる。でもこうやってせっせと課題をこなしているのは何故かというと、休憩したくてもできないからに他ならない。

受験生の私には時間がないのだ。夏期講習に追われた夏休みも過ぎ去り、受験まであと数ヶ月。追い込みの時期なのか追い込まれる時期なのか。それさえもよく分からないけど、どうしても入りたい大学がある私はとにかく時間がない。成績が一向に上がらないから尚更。

「なーアン−一緒にメシ食おうぜ。食うか?ニク」
「いらない。ほっといて」

私の前の椅子に後ろ向きに座っているルフィは、背もたれに肘を置いてぶーぶーと顔を膨らませる。ガタガタと揺れる椅子が集中力を削ぐ。

時間がないのに。一分一秒さえ惜しいのに。一つでも多く単語を覚えなきゃいけないし、英語だけじゃなくて数学だって日本史だって覚えなきゃいけない。
時間がない。時間がない。時間がない。
なんで邪魔ばっかりするのよ。

「そんなにカリカリしてっとバカになるぞ?」

あ、やばい。
グングンと上昇していた苛立ちゲージが振り切れた。

「いい加減にしてよ!!!ちょっと運動ができるからってなんであんたがグランドライン大学なのよ!」

バンと机を叩いて教室を飛び出した。一瞬にしてしんと静まり返った教室に心配してくれるウソップの声だけが小さく響いて「着いて来ないで」そんなウソップにさえ腹が立った。

滲む視界に腹が立つ。
イライラする。
むしゃくしゃする。
憧れの大学にスポーツ推薦であっさり入ってしまうルフィに。
頑張っても頑張っても結果を出せない自分の不甲斐なさに。
なにより周りの人たちに当り散らしてしまう自分自身に。

気がつけば駅にいた。
今日はもう家に帰ろう。鞄から定期を出したところで「あ、」お弁当箱を忘れてきたことを思い出して、それからルフィの顔が浮かんだ。

大声で叫んだ私を見てきょとんとした顔をしたルフィ。
教室を飛び出る瞬間に見えたその顔は、珍しく眉間に皺を寄せた険しい顔だった。

「ルフィに嫌われるとか人間最低レベルか、私は」

改札に定期を押し当てながら呟いた言葉は自分で言ったものなのに、その言葉にまた涙が浮かんだ。このところずっと私はこんな調子で、周りからはすっかり腫れ物のように扱われてしまっているけど、ルフィだけはずっと変わらず私に笑いかけてくれた。話かけてくれた。たぶん勘で生きてるルフィのことだから深くは考えてないんだろうけど、私は確かにそんなルフィに救われていた。

なのに、
「ひどいこと言っちゃったなぁー…」

本当はルフィが誰より頑張ってること、私はちゃんと知ってるのに。チームのキャプテンとしてみんなを引っ張るプレッシャーというのは計り知れない。どんなに強い相手にだって向かっていって、一つのプレーでムードをがらりと変えてしまう。ルフィはそういう諸々を軽々とやってのけてしまうから一見何も考えてないようだけど本当は誰よりも頑張ってる。分かってるのに。小さい頃からずっと隣で見てきたのに。

ちゃんと謝らないとなぁ。
心の中でそう呟いたけど、素直じゃない私にはかなり難しい。また意固地になって心にもない暴言を吐くのが目に見えている。


電車の到着を告げるアナウンスがホームに響いて、大げさな音を立てて扉が開いた。はぁーとため息を一つ吐いて電車に乗ると、

「お、なんだァネェちゃん泣いてんのか?」
「へー可愛い顔してどうしたんでちゅかー?」

最悪だ。
いかにも不良といった体の男子3人に絡まれた。無駄に体格がでかい。今授業中だろうがと心の中で悪態を吐いたけど、そもそもこんな時間に電車に乗ってる時点で私にも落ち度はある。あいにく度胸はあるほうだ。こういう輩には毅然とした態度で臨むに限る。

「やめてください」

ぴしゃりと言い放った。

「うひょー!やめてくださいっだってよ!超怖ぇ!ぎゃははは」
「可愛い声してんなぁ。まじタイプなんだけど」

全く効果なし。むしろ逆にテンションを上げてしまったらしい。
昼前のこの時間、がらんとしているとはいえ乗客はゼロじゃない。咄嗟に周囲を見渡しても気まずそうに目を逸らされてしまった。ちょっとなんなのよ、可愛い女子高生が絡まれてるってのに誰か助けなさいよ!まぁ確かにこいつら無駄にでかいから気持ち分かるけど!

「んな怖ぇ顔すんなよー」

下っ端っぽい男がへらへらと薄気味悪い笑いを浮かべながら腕を掴んだ。

「やめてよ!」

うげーキモい。鳥肌が立った。
渾身の力を込めてみぞおちにタックルすると、下っ端は呆気なく尻餅をついた。ルフィの幼なじみなのだ。その辺の女と一緒にされちゃあ困る。あ、ちょっと楽しいかも。笑みが零れる。そういえば小さい頃はルフィとエースとよく決闘ごっことかしたな。久々にストレス発散といきますか。

姿勢をグッと下げて、下っ端その2に狙いを定める。さっきと同じ要領でやればこいつも倒れるはず。視線を外さず、姿勢を下げて、

3、

2、

い、「キャッ」

しまった。失敗。飛びつこうとした瞬間、斜め後ろにいたリーダーっぽいやつに腕をつかまれてしまった。バランスを崩して地面についた膝からうっすらと血が滲む。ジンジンと傷が痛んだけど、泣き言だけは死んでも零したくなくて代わりに男を睨み上げた。

「女のくせに何だお前。ふざけたマネしやがって」

ギリギリと締まる腕。
随分ご立腹らしい。

「ッ、その女相手に男3人?随分余裕ないじゃない。カッコ悪」
「何をー?このくそアマ」

腕を掴んで動きを封じたまま、バカ男が全力で手を振り上げる。
あーやばい。こりゃ殴られるななんて冷静に考えて、少しでも痛みがないようにと身構える。

バキッ!!!

痛っ!!・・・くない。あれ?

耳にするだけで痛い音が確かに聞こえたのに、衝撃がない。
グッと瞑った目をそろりと開けると、

「…ルフィ」

ルフィがいた。
視線の先には泡を吹いたリーダー。
シン。もともと静かだった車両に完全な静寂。自分の倍ほどもありそうな男を吹っ飛ばしたルフィは怖いくらい真剣な顔をしていて、空気がピリピリと震えた気がした。もはや完全に堕ちているリーダーの両脇で二人がひっと声をひきつらせる。

「お前らもなんかしたのか」

ルフィが視線を向けただけで、男たちは顔を真っ青にしてへっぴり腰で逃げ出した。やっぱカッコ悪。
此方を振り返った。
…あ、怒ってる。振り返った顔は眉間に皺を寄せていて、見るからに怒っている。

そうだ。私、さっきルフィにひどいこと言って…
謝らなきゃ。頭では分かってるのに言葉が出てこない。ゴメンの一言も言えないくせに、いっちょまえに涙だけは浮かんで、でも泣くなんて逃げるみたいですごく嫌。絶対泣くもんか。ぐっと唇をかみ締めて俯いた。堪えようと思えば思うほど浮かぶ涙に、不覚にも鼻がスンと鳴った。

ぽす

え、

下を向いていた頭にふわりとした弾力。
少し顔を上げると、見慣れた茶色。…ルフィの麦わら帽子だ。

なんで、優しくするの?
なんで私なんかに。

「ルフィ…」
「おう」

「…」
「なんだ?」

この期に及んでゴメンのたった三文字が言えない。地面を見つめたままの狭い視界で、はぁと呆れたようなため息と共にルフィの足が少し動いた。まるでしょうがないやつめと言っているようで居た堪れなくなる。

「フウシャ村ー、フウシャ村ー」

車掌の間延びしたアナウンスが鳴り響いて扉が開いた。
ルフィが私の手を引いて歩き出す。ルフィと手を繋ぐのなんて小学校以来かもしれない。

「足、血ぃ出てんな」
「うん」

「痛ぇか?」
「…平気」

私の手を包む手のひらはすごく温かくて、大きかった。ひょろひょろに見えて実は筋肉のついた腕も、一歩前を進む背中も、迷わず進む足取りも、そのすべてが私をすっぽり覆ってしまうほどで。ちょっと前まで私よりちっさくて泣き虫だったくせに。

「弁当持ってきてやったぞ」
「うん」

「肉、くれよな」
「やだ」

でもやっぱりルフィはルフィで。
ずっと一緒にこうしていたい。ルフィの隣にいたい。そう思った。

「…ルフィ」
「おう」


「ゴメン」

囁くような小さな声で呟いたら、ルフィがぴたりと足を止めた。くるりとこちらを振り返って「え、ななななに?!」ぎゅっと抱きしめられた。ぽんぽん、ぽんぽん、ぽんぽんぽんよく分からないリズムで頭を撫でられて、麦わら帽子が頭の上でカサカサと音を立てる。あぁ、これ…

「エースの真似?」
「おう。なんか今のアン、ガキみてぇだ」

それにな?ルフィが笑う。

「こういう時はありがとうって言うんだ!」

「…あり、がと」

素直になるのはやっぱりむずかしい。少しどもった"ありがとう"はまるで拗ねた子供みたいで。

「…泣き虫ルフィのくせに」
「バカだなーお前。俺はもう泣かねぇぞ。こーこーせいだからな!」

「私も高校生だけど」
「知ってる。アンは俺の大切な幼なじみだからな!」

一人で抱え込んでいた硬くて歪な不安が、ほわほわと緩んで溶けていく。
そうだ、私は一人じゃない。

「お前なら絶対ごーかくする!だからあんま無理すんな」
「うん…ありがと」

大学もアンと一緒じゃなきゃ困るとニシシと笑うその笑顔はすごく眩しくて。
いつの間にか見上げなきゃいけないくらい大きくなった元・泣き虫に。

−−ダイスキだよ−−

心の中でそっと呟いた。


【いつか素直になったら】
君にだけ伝えたい言葉。

「アンは大切で大切で大切な幼なじみだ」
「大切で大切で大切なの?」
「うんにゃ、大切で大切で大切で大切でたいせつでた…グーー腹へったー」
「プッあはは」



頑張れ受験生!突然
ルフィは何部なんデスカ。バスケか?え、肉部ナンテアルンデスカハツミミデス。



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