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▼ 男女心と秋の空

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「わーすごい!素敵だわ」

「…だってよ?」
「いや、聞こえてるから」

イゾウの工房にサッチがモビーを開いて早数ヶ月。
秋晴れの週末、私はモビーのカウンターに座ってサッチと世間話。ウッド調の窓からは昼下がり特有ののどかな光が差し込んでいて、店内には静かな音楽が流れている。ちなみに初めて聴いた時私はそれを気の抜けた音楽と称して、イゾウはやる気もくそもねぇ音楽と言った。


「えーこれ全部イゾウさんが作ったんですかぁ?」

「だってよ?」
「どうでもいいって。暇なら“作った”じゃなくて“染めた”って言えって教えて来てあげなよ」

「どう見ても忙しいだろ今俺!」
「そりゃ失礼。口ばっか動いてたもんで」

悪びれもせずむしろ笑いながらアルコールを口に含む。ひでぇとか昼間から飲むなとかいう言葉を聞き流していると
「お前らそっくりすぎて怖ェ」
結局サッチはそう言って笑って、私はそんなサッチの手元に視線を戻した。毎度思うけど素晴らしい手際の良さだ。カウンターに頬杖をついている私は今まさに目の前で生まれたパスタを眺めながら、手のひらに載せた頭をほんの少し傾けることで返事に代えた。

「そりゃどうも、ってか?」
「お代わり」

会話成り立ってねぇんだけど?
可笑しいとばかりに眉を下げて笑うサッチにニッと笑い返す。グラスをカウンターにトンと置いて催促したところで「イゾウさんってすごくかっこいい」もう何度目か分からない黄色い声が飛んできて左側頭部にぶつかった。

「アン、お前全然平気なわけ?」
「妬きもちでも妬いてみせようか?」

確かに私はイゾウの彼女という立場だけど、自分の彼氏が熱烈アピールを受けているという状況にも関わらず欠片ほどの焦りも感じない。超音波のような声は苛立つけど、どちらかと言えばそれはバカな女を哀れに思う心持ちに似ている。

サッチがここでカフェ&バーを開く前は本当にただの工房で客なんて来なかった。作品や生地は専売契約を結んでいるところにしか卸していないからそもそも店をする必要はないのだ。イゾウはその取引先の人をとても信頼していて他の業者がどうしても買いたいと言っても一刀両断全て断っている。

でも先週末作品を展示するギャラリースペースを設けた。サッチがカフェを開いてからというもの、イゾウの作品に興味を持つ一般客がすごく増えたのだ。みんながちらちらと工房を覗くもんだから「俺ァ白くまかなんかか」とイゾウがぼやいたのをきっかけに、工房とモビーの境目にギャラリーのようなスペースを設けた。

今女が必死でアピールしているのはそのギャラリーの前。私とサッチがいるカウンターからも少し横を向けば見える位置だ。
どうやら女はたまたま出てきたイゾウの捕獲に成功したらしい。先ほどから女が喋り続けているということはイゾウが気まぐれに相手をしてやってるのだろう。とはいっても肝心のイゾウの声は一言も聞こえない辺り、ただ無言で立ってたりほんの僅かに笑ったりしているだけに違いなくて「随分適当な扱いだね」同情さえ覚えてしまう。

「あー眠い。寝る」
「お前はまた昼間っから、」

サッチのお小言に手のひらをひらひら振って席を立った。これでも一応平日は働いてたりするから、それなりに疲れが溜まっているのだ。

すたすたと店内を横切る。イゾウの工房には大きなベッドがあるからいつも通りそこで一眠りするのだ。慣れてしまえばこの店内のざわめきも意外と心地よくて、ある意味睡眠には最適な環境だと思う。

店内の中ほどでふと視線を感じた。
目を向けるとソファに座った男性客と目が合った。
此方を見上げる視線は明らかに此方への興味を示していて「こんにちは」私は不自然なほどの自然さでにこりと笑いかけて通り過ぎる。背後では「もうなに余所見してるのよ」「余所見なんてしてねぇよ、お前しか見てない」なんてやり取りが聞こえた。
どうやら小さなケンカが勃発したらしい。男ってやつはバカな生き物だ。


「はいはいちょっとごめんね、通りますよ」

イゾウと女の間をすり抜けて工房に入る。
香水のきつい香りが鼻について思わず顔を顰めた。

ベッドにバタンと倒れこむと、暫くしてイゾウがやってきた。

「もう寝たのか?寝汚ねぇな」

言いながらイゾウもベッドに倒れこむ。睡眠に拘る男だからベッドだけはバカみたいに高いやつで、倒れようがなにをしようが軋む音一つ立てない。横を向いていた私と向き合うように寝転んだイゾウが喉を鳴らす。

「…寝顔見て笑うとかさすがにどうなの?」
「寝てねぇだろ」

「寝てるしってか悪かったね、寝汚なくて」返事を返すと「へぇ」なんてどうでもよさそうな言葉が返ってきた。
ていうか、

「香水くさっ」
「妬きもちでも妬いたか?」

「ははっまさか」
「俺ァ妬いたけどな」

ベッドに寝転んだまま話していると、イゾウが思いがけないことを言った。
いやありえないからと言いながら薄目を開けるとイゾウも目を閉じていて。何故だか分からないけど、幸せだなぁと思った。

「…誰に?サッチ?彼女連れの男?それともいつも一人で来る男の子?」
「誰だよ、いつも一人で来る男」

はははっとイゾウが声を上げて笑う。

「ふふふっ秘密。あぁでもあのぶちょー!の子には妬くかもな」
「アンか。あいつはまぁ特別だからな」

なんてったってあのマルコの秘蔵っ子だ。
そう言ったイゾウの目は思いのほか優しくて、なんとなく面白くない。

「あっそ」

くるりと反対を向くと、

「やっぱ妬いてんじゃねぇか」

くくっと笑ったイゾウが私の顔の前に手を着いて、覆いかぶさるようにして唇ギリギリに口付けを落とす。
顔に掛かった髪を払って、耳にもキス。

「くすぐったい」

肩をすくめて笑うと、イゾウがとんとその肩を押した。
そのまま完全に覆いかぶさって来たかと思うと、キス、キス、キス。

大きな手がゆっくりと動いて、指と指が絡み合う。
これはイゾウが本気モードに入る直前っていうシグナル。

チュっという音を立てて唇がほんの僅かに離れる。
鼻をくっつけたまま、私の頬を包んで

「…アン」

名前を呼ぶ。
この声が低ければ低いほどイゾウは昂ぶっていて、この行為が成されたら最後、もうイゾウは止まらない。

遠いようで近い場所からのどかで楽しげな談笑が聞こえる。

「声、聞かせな?」
「…バカ」

窓からは秋らしい光が射していて、私とイゾウは生まれたままの姿で愛を囁く行為に溺れた。


【男女心と秋の空】
「おーいお前らいい加減晩飯食、…ってなんなのお前ら人が働いてる横で!きゃーサイテー!」
「サッチ煩い」
「黙りな、頭痛ぇ」




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