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▼ ただ呼吸をするように、君の隣で

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空気みたいな存在とか、あなたがいないと死んでしまうとか。そんなロマンティックな思考なんて欠片も持ち合わせちゃいないけど、
いつもいつも気付けば隣にあなたがいて、あなたが吐いた空気を私が吸って、私が吐いた空気をあなたが吸うから、
それってつまり、そういうことなんじゃないかと思う。


【ただ呼吸をするように、君の隣で】


「あいついつ来んだろうな」

粉雪のちらつく昼下がり。
暇を持て余した私たちは、昼食の後も食堂でだらだらしている。外は寒いし、ここは暖房が効いていてあったかい。
目の前に座って自慢のペット、もとい武器を磨きながらラクヨウがぼんやりとした言葉を零す。いつ来んだ?

「あと一ヶ月はかかるんじゃない?」

ラクヨウの話が唐突に始まるのはいつものことで、カフェオレ入りマグカップを手に、粉雪を眺めながら返した私の言葉も似たり寄ったりぼんやりしている。

「年明けちまうなぁ」
「オーズだって忙しいのよ」

特に返事を必要としているわけではないのだ。私たちのどちらもが。私は粉雪に、ラクヨウは鉄球に。それぞれ言葉を返して、でも決して一方通行というわけではない。
窓の外から愛すべき家族のむさ苦しい歓声が聞こえた。

目下モビーは冬島海域を横断中。
耳に届く単語を拾うに、今日の訓練は二番隊と十六番隊らしい。

いけーエース隊長!
ぎゃあイゾウ隊長、刀捌きがエロイっす!

どうやら手合わせは隊長同士のバトルという名の賭博に転じているようだ。寒いのによくやるなぁ。実にのどか。実弾も手合わせ用のゴム弾でさえ勿体無いと思ったのか、はたまたただの気まぐれか、イゾウはどうやら小刀を扱っているらしい。ごく稀にイゾウはこうして接近戦を楽しむことがある。本来の戦闘スタイルと真逆にも関わらず、なかなかどうして強いし速い。隊長たちのそういう姿を目にする度、やっぱり隊長ってのは伊達じゃないなと関心する。
…この人も、戦ってる時は案外格好いいんだけどな。
ふと浮かんだ言葉はまるで自分自身へのフォローのようで、そっと苦笑いを零す。


「…あ、親父のとかどうだ?」

数分の空白を置いてラクヨウが言う。

「ふふふっそりゃダメでしょ。もう諦めなよ」

とある国ではもうすぐクリスマスというイベントがある。世界中で祝われているわけではないけど、グランドラインを往く者なら誰もが知っている、そういった類の謂わば噂話で、サンタクロースとやらが実際にプレゼントをくれるだなんて信じているのは、目の前にいるこの男くらいじゃないかと思う。

「やっぱオーズの靴下借りてぇよなぁ」

遠くから聞こえる歓声に意識の大半を注いでいた私も、さすがに笑ってしまった。そもそも大きな靴下を手に入れたからといってサイズに見合ったプレゼントをくれるわけでもないし、根本から言ってしまえばいい歳してサンタを信じるな、とか。

「あいついつ来んだろうなぁ」
「いつだろうね」

ついさっき一ヵ月後だと私は確かに答えたはずなのに、聞いちゃいなかったのか、はたまた忘れてしまったのか。先程からこの人がぽろぽろと口にしている内容に脈絡なんてのは一切なくて、他の家族には全く理解不能だろうと思う。

ラクヨウが鉄球をごろんと反転させて顔を磨く。鉄球君はいてぇよとばかりにしっぽ、もとい鎖でばしんと腕を張った。
あ、悪ィ臭かったか?
ラクヨウは見当違いの謝罪をして今度は鎖を磨き始める。私はそんな一人と一匹を見遣りながら、くぁーと一つあくびを零した。

四角く切り取られた空をぼんやりと眺める。
雲の隙間から幾重もの光の筋が伸びていて、遠くからは家族の野太い歓声。
目を閉じるとすぐ傍できゅっきゅと磨く音。
あぁ眠い。

「ニュースクーって偉ぇよなぁ」
「あーうん、サンタと違って毎日だもんね」

私は何故か昔から、こういった言葉足らずの発言からでもラクヨウの言いたいことが的確に連想できる。家族の中にはラクヨウの通訳だなんて面白可笑しく茶化す者もいるくらいだ。
大して嫌ではない。
むしろ、嬉しい。

「お前によぉ、でっけー靴下用意してやりてぇのによ」
「私に?」
「おう、お前の靴下だぞ」

心底残念そうな唸り声を上げたラクヨウが「お前にあげてぇんだ」馬鹿みたいにカラッとした笑顔を見せる。

何で私はいつも隣にいるのかとか、何で私には分かるのかとか。
そんなことに気づくようなやつじゃないけど、呆れるほど真っ直ぐな思考回路は、いつも私に暖かな気持ちを与えてくれる。


「だってお前すげぇいいやつだから」なんて。
「すげぇいいやつは他のやつよりでっけーもんもらわねぇとだろ?」なんて。
そんなことを真顔で言う貴方の隣で、馬鹿じゃないのと私は笑った。

世界一温かい靴下を探す貴方はきっと、私だけのサンタクロース。


【ただ呼吸をするように、君の隣で】
ずっと笑っていられるなら、それが幸せってやつなのかもしれない。

「トナカイって馬はどうやって飛ぶんだろうな?」
「…馬?」




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