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▼ 強がりな君の弱さと私の本音

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泊まらせてもらっていた友人の家を後にして街を歩く。
のんびりとした空気が心地よかったから、夕食食べたらローのところに行こう、コーヒー飲んだら、散歩行ったら、とのびのびになってしまった。
ううん、違うか。私が臆病なだけだ。

アパートを出て、まだ人通りの多い通りを歩く。
時刻は8時過ぎ。見上げた先にはローのマンション。

1時間は待った。
冬空は宇宙に届きそうなほど高くて、私は真っ白な息を吐きながら色んなことを思い出した。そういえば前もこうしてローを待ったっけとか、確か実験が長引いたとかで待ち呆けをくらったんだったかとか。あの日も冬で、今日みたいにすごく寒くて、でも私は幸せだった。今あの時と同じように同じドアの前に立っている私は、失ったものの大きさをひしひしと実感していた。

あの日、部屋の前で待っていた私をローは抱きしめてくれた。
なんでその辺で時間潰してねぇんだと。下にカフェとかあるじゃねぇかと。そう言いながら私をぎゅうと包み込んで「…馬鹿女」とローは言った。
その言葉とは裏腹にローの口ぶりはすごくすごく優しくて、ほんのちょっと嬉しそうだった。

その暖かな腕も、素直じゃない口ももう此処にはなくて、もしかしたら二度と戻ってこないかもしれない。私の手をすっぽり包んでしまうほど大きなあの手のひらも、意外と逞しい身体も、安心する匂いも、そのどれもがもう私のものじゃなくて。私じゃない誰かがローのあの優しい笑顔を見ることになるのだと、そう思うと胸が苦しかった。すごく、すごく辛かった。

「…あと5分だけ、待ってみようかな」

どこかでキリをつけないと、このまま一生待ってしまうかもしれない。
だからこその、あと5分。
はぁと深呼吸しながら夜空を見上げると、月が頑張れと応援してくれているような気がした。


あと5分。やっぱりもうあと5分。
そうやって伸ばし伸ばし待っていたけど、帰って来る気配はない。

私が知ってるローは遊んでそうにみえて実はすごく真面目だったから、まさか女の人と遊びまわってるとは思えなかったけど、考えて見れば今日は彼女と別れた翌日なわけで、ローだって羽目を外しているのかもしれない。
あんまり想像はできないけどシャチやペンギン、否、主にシャチから、私と付き合う前のローがいかにすごかったかという話は何度となく聞かされていたから、やっぱりそういうことになっているのかもしれない。
ううん、もしかしたら普通にいつも通り過ごしてるかも。それはそれで悲しいというかそっちのほうがよっぽど悲しい。
どっちにしろ、待ってても無駄かもしれない。

「…今日は、帰ろっかな」

今日はと言いながらも、じゃあ明日またこうしてやって来る勇気があるのかと言われたら自信はないけど。

最後に、
最後にもう一度だけ、と思った。
これで通路の端にローがいなかったら悪あがきはもう止めておこう、って。
はぁと一度深呼吸をして、顔を上げた。

「…あ、」

いた。

通路の向こうからローが歩いてくる。

会えた。
ヨカッタ。
嬉しい。

ほんの数秒前まで確かに私はそう思っていたのに、今となっては逃げたい。今更合わせる顔がないからというような理由ではなくて、

「…ごめん」
「あ?」

ローがもの凄く不機嫌だからだ。
眉間に寄った皺をそのままに一歩一歩近づいてくるローに私もつられて後退する。

「何のつもりだ?なんでここにいる」
「…うん」

そりゃそうか。
突然別れを告げてきた女が部屋の前にいるなんて、不快以外のなにものでもないだろう。
腹が立つのも当然だ。
ツキリと胸が痛んだけど、私に傷つく権利はない。

「ごめん」

先ほどから謝ってばかりだけど、口を開くとそれしかでてこないんだから仕方がない。

どうしよう。
やっぱり今更言ったってウザいだけかな。
でも、やっぱりちゃんと伝えたい。

意を決して顔を上げる。
いつの間にやらローは目の前に立っていて、でも此方は見てくれなかった。
視界に入れるのさえ鬱陶しいと言わんばかりのローの様子に、私はいよいよ胸が苦しくなる。
ズキズキ。痛い。
どうしたらいいか分からなくてただローの動きを目で追った。

ローがポケットから取り出した鍵を鍵穴に突っ込んだ。ローは右利きだけど、鍵だけはいつも左手で開ける。
鍵を左の後ろポケットに入れているからだ。利き手ほどスムーズじゃないけど、左手にしてはものすごく洗練されていて、私はローの鍵を開ける仕草がすごく好きだった。
もうこれが最後かもしれないけど。
きっともうここへ来ることはないから。

「…荷物でも取りに来たのか」

ドアノブに手をやったローが、不意にそう口にする。
私たちしかいない通路じゃなかったら、聞き逃してしまうほどの声だった。

「え?」
「荷物、取りに来たんだろ?」

ぱちりと目が合った。
ローの瞳は、揺れていた。

確かに目は合ったのに、次の瞬間にはふいと逸れてしまって。
怒っているのかと思った瞳の奥は、不安や痛みで揺れていた。
あぁ傷つけてしまったんだ、と思った。
私はローをすごくすごく傷つけた。

今更だけど、本当に今更だけど。

「違うの。ごめん、ロー聞いて?」

私はローがすごく好きなのだと、ローの夢のために身を引こうと思ったけどやっぱり駄目だったと想いの限り伝えた。

「私、ローの傍にいたいよ。ずっとずっと隣にいたい。私じゃなんの役にも立たないかもしれないけど、ローが疲れた時はね、傍にいて守ってあげたいって思うの。…駄目かな?」

怪訝そうな顔をしていたローは一瞬目を見開いて、きょとんとして、最終的に深い深い溜息を吐いた。

「ってやっぱり迷惑だったよね。…ごめん」

はっきりと言葉にはしてくれないけど、その深い溜息が答えに違いない。
涙が出そうになったけど、私は泣いちゃいけない。

今更ごめん。勝手なことばっかり言ってごめん。
本当に本当に大好きなんだと、嫌いだから別れたわけじゃないんだと、こうするのがローの為だと思ったんだと、もっともっと言いたいことはあったけど、これ以上あれこれ言っても余計ローを傷つけるだけのような気がした。

最後に深々と頭を下げると、地面にぽたりと水滴が落ちた。
あぁ泣いてしまった。

せめてローには気付かれないように背を向けて歩き出す。
一歩足を踏み出したところで「、きゃっ」ローに抱きしめられた。
背中全体にぬくもりを感じて、肩にローが顔を埋める。

「…勝手なことばっかほざいてどこ行く気だ、」

馬鹿女、と耳元で聞こえた声は掠れていて、相変わらずの毒舌なのにすごくすごく暖かかった。





【強がりな君の弱さと私の本音】
まぁ俺はもともと離してやる気なんざなかったけどな。

「あ、でもより戻すのは1年後でもいい?」
「…あ?なに言ってンだ?」

「実は手切れ金を遣い込んでしまいまして」
「ああ?」

「し、死ぬ気にバイトするから!1年、いや10ヶ月?」
「あああ?」




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