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▼ 月の夜のおにごっこ

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シャチの部屋を後にして街を歩く。
吐く息が白い。吹き抜ける風は身を刺すような冷たさで、俺はコートの襟を片手で押さえながら大した防寒をしてこなかったことを後悔した。どちらかというと夏よりは冬のほうが断然好きだが、それも防寒あってこそだ。

時刻はまだ十時にもなっていない。
大学が近いこともあって学生向けのアパートが多いこの道は、やはりというかなんというか行きかう人の年齢層も若い。若いということは男女のあれこれも色々あるわけで、先ほどからすれ違う大半がカップルらしき二人組だ。忌々しい。

そういえば、と思った。
そういえば、エースって男も確かこの辺に住んでるんだったか。

何故か、ふとそんなことを思った。シャチやアンと同じ大学だというその男の名前だけはうんざりするほど耳にしていて。面識もないのに、住んでる場所を知ってるというのは妙な感覚だ。それだけ折々に話題に上っていたということだろう。
シャチと仲がいいと聞いていたのでノーガードだったが、今更ながら思う。
アンが言った好きな男ってのはそいつなんじゃねぇのか、なんて。

「…ンなわけあるか」

否、あってたまるか。
今まさにアンと話をつけるべく足を運んでいるというのに、気分は最悪だ。


駅を通り越して、街の中心街から離れるように線路沿いを歩く。
シャチのアパートとアンのアパートは駅を中心に左右対称の位置関係にある。徒歩で20分くらいか。
ちなみに俺が一人暮らしをしているマンションは大まかに言えば街の中心付近にあるから、シャチの家から歩いている俺は、自分の家の前を通ることになる。

一旦、部屋に戻ろうか。
とにかく寒いからマフラーだけでも取りに帰ろうかと思った。
他意はない、はずだ。今、俺の頭の中で、やっぱり今更会いに行っても無意味なんじゃないかとか、他の男とかち合ったりしたら正気でいられる自信がねぇとか。
かと言って、今更止めたらどの面下げてペンギンに会えばいいんだとか、なんだ結局会いに行くしかねぇじゃねぇかとか。
そんなことで頭が混乱してるからってわけじゃねぇ、断じて。

自分の階でエレベーターを降りてふと目線を上げると、前方にアンがいた。見慣れたマンションの見慣れた通路に立っているアンに思わず立ち止まる。
アンはぼんやりと月を見上げていた。通路の端と端という距離だからはっきり見えるわけじゃないが、背中が丸まっていて、心なしか意気消沈しているように見える。アンの言いそうな言葉に換えると、しょんぼり、といったところか。

何故、アンがここにいるんだ。
ここは、俺んちだぞ。

別れを告げてきた女が、向こうからわざわざ部屋を訪ねてくるというのはつまり…どういうことだ?
アンと出逢うまで来るもの拒まず去るもの追わずを地で行く生活だった俺は、まともに女と付き合ったのはこいつくらいなもんだから。アンが何を思って此処にいるのかが分らない。遊びで相手をした女が縋りにきたことならあるが、なんでアンが?

もしかしてよりを戻そうと言いに来たんじゃねぇかとか、んなわけあるか無駄な期待をすんなとか、あぁ荷物を取りに来たとかか?とか。
小さくなっているアンの背中を眺めながら、そんな考えが頭に渦巻いて。

情けネェ。
グダグダ考えて答えが出る問題じゃねぇか。
とにかくあいつを捕まりゃあいい。

はぁと一つ深呼吸をして足を一歩踏み出した。


【月の夜のおにごっこ】
「…あ、」



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