Before Short | ナノ


▼ 馬鹿に成り下がる勇気と、

[ name change ]


「キャプテンもうまじで勘弁してー」

もう飲めないって!
最後に喚いてシャチがテーブルに沈む。みずーと唸っている辺り、まだ意識はあるらしい。
俺の横で胡座をかいているペンギンが、溜息を吐きながらシャチのグラスに液体を注ぐ。

「ほら、飲め」
「んー?おおーさすがペンちゃんキャプテンと違って優し、ってこれビールじゃねぇか!!」

「ビールは水だ」
「なにそれ初耳!!じゃあなんだよ、お前はガキの頃ビール味のミロ飲んでたのか?水にミロ溶かしてくるくるかき混ぜるだろ!ミロの半分は水だろうが!」

「「煩ェ、知るか」」

同じタイミングで同じことを言ったペンギンの手は、それでもちゃんとミネラルウォーターを探し当てて今まさに投げつけようとしていた。シャチは一人で10人分くらい煩ェから、せめて半分にバラしたいとか何とか考えながら手を休めることなく酒を煽っている俺とは、似ているようで根本が違うのだろう。バシっと結構な音が聞こえて、シャチがぐえっと鳴いた。

アンから別れを告げられた翌日、俺はいつものメンツで酒を煽っていた。集まっているのはシャチのクソきたねぇ部屋だが、妙に居心地がよかったりもする。日の明るいうちから飲み始めたもんだから時刻はまだ8時を回ったばかりだ。

声をかけてきたのはシャチだった。
昨日の##NAME1##とのやり取りは誰にも話してはいないから、単に飲みたかったんだろう。俺は二つ返事で付き合った。
一人が淋しいとかどうとかって理由じゃねぇが、一人でいるとやり場の無い感情が押し寄せて無性になにかをぶっ壊したくなるから、誰かといたほうがずっといい。

「で、なにがあったんだ?」

ペンギンがまるで話の続きを促すような自然さで言った。目線はシャチに向けたままで、うーと唸り声を上げたシャチになんだ生きてたのかと軽口を叩いて、犬相手のようにクシャっと髪を撫でた。

こいつは妙に勘が働くから困る。
さて、どうするか。
何がだと白を切るか、何もないと一蹴するか、でも、どう返そうかと逡巡した時点で俺は話してしまいたかったのかもしれない。
普段なら何を思うでもなく、何もないと即答しているに違いないから。

「アンチャンか?」

察しの良すぎる男にポーカーフェイスが崩れて、眉間に皺が寄る。
一瞬そちらに目を遣って、返事を返さずにグラスに残った酒を喉に流し込んだ。
それを肯定と捉えたのだろう、ペンギンがくくくっと可笑しそうに笑った。

「アンチャン、ねぇ」
「それ止めろ」

こいつが態とらしくチャン、なんて土台似合わないセリフを吐くのは、シャチがアンのことをアンちゃんアンちゃんと呼ぶからで、その都度俺がシャチを殴るからだ。
女同士でそう呼び合うのは俺の知るところじゃねぇが、それが男であるならば話は違う。
アンはアンであって、アンちゃんなんて浮ついた呼び方をする野郎なんざ下心があるに決まってンだ。気に食わない。だったら、アンと呼べばいいのかと言われると、それもそれで癪なんだが。
俺以外の男は全員苗字で呼べ。
こんなことをうだうだ考えてるなんてのは、アンには出来れば一生知られたくないな。
そう思って、あぁと思う。
もう知られることなんてないか。

俺とあいつはもう、

終わったんだから、という部分は、頭に浮かぶより早く酒で流し込んだ。口にしたくないとかいう以前の問題だ。頭に浮かぶことさえ、我慢ならない。どうやら俺はアンと別れたという事実を、全く受け入れられていないらしい。




「理由は知りたくないのか?」
「ンなもん聞いてどうすんだ」

今日の俺はやはりどうかしているらしい。気がつくとペンギン相手に事の顛末を話していた。野郎相手に恋愛相談なんて気色悪いことは、シャチの馬鹿の専売特許だというのに。生憎、当の本人は寝落ちをかまして夢の中だ。

ペンギンは、アンが急にそんなことを言うのは不自然過ぎると言った。なにか理由があるはずだと。
そんなことは分かってる。でも嘘を吐いてまで別れを切望している相手に、なんでだ、どうしてだと質問を重ねる必要があるとは思えなかった。

なにより、

「…んな情けねぇ真似出来っかよ」

これが本音だ。
思いがけず弱々しい声が出て顔が歪む。舌打ち。あぁ、今日は飲み過ぎだ。たとえどんなに気の置けない友人の前でも、こんな醜態は晒したくないのに。

「いいんじゃねぇの?」

酔いのせいか、常ならぬ自分にか、突如頭痛を感じた俺が額を揉んでいると、ペンギンがぽつりと言った。いいんじゃねぇの?

「あ?」
「だからさ、たまにはいいんじゃねぇの?なりふり構わず気持ちぶつけるとか、縋ってみるとか」

「俺がか?」
「おう」

この俺に、女に縋れってのか。こいつは。
不愉快さを全面に押し出したまま横目で睨むと、ペンギンは困ったように笑って、ひょいと肩を竦めた。

「馬鹿になってみるってのも一興だろ。それに、お前は何やったって格好いいさ」

だって、お前は俺のキャプテンだろ?

「…気色悪いこと言うな」
「だな」


【馬鹿に成り下がる勇気と、】
背中を押す友

「酔ってんのかもなぁー」
「あぁ酔ってンだ」



[ back to short ][ back to top ]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -