▼ ハジメテノカノジョ
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「持ってやるよ」
「あ。ありがとうございます」
おう気にすんなと眩しすぎるほどの笑顔で書類の束をひらひらするのは、私の会社のエース先輩。2年上のエース先輩は営業成績が群を抜いている若手のホープだ。働いて3年目というのはちょうど出世の波に乗る人とパッとしない人の差が如実に現れだす時期で、この人は確実に前者。3年目どころか入社して程なくしてあっという間に駆け上がってしまった彼は、今ではあのマルコ部長以来のハイペース昇進になるという噂もあったりする。
「こんな重いのなんで一人で運んでんだ?アン、お前頑張りすぎ」
長い廊下でエース先輩が此方を振り返って笑う。
か、かっこいいなちきしょう。
スーツの上からでも分かる逞しい背中やそのクセに引き締まった腰がたまらない。仕事ができて頼りがいもあってみんなに優しくて、おまけにイケメン。3拍子どころか10拍子くらい兼ね揃えているのに、何故か女の噂はこれっぽっちもなくて、そこがまた誠実っぽくて魅力的なのだ。
つまり、私はエース先輩が好きだ。
ただでさえ魅力満点なのに、仕事中にふと視線を上げると目の前を颯爽と駆け抜けたりするんだこの人は。With爽やかな笑顔で。
はためくスーツが眩しすぎる。誰でも惚れるに決まってる。
「先輩って普段何してるんですか?」
「ん?」
「あ、いえその…なんでもないです」
やばい。失敗した。私とエース先輩は同じ課ってだけで、特別親しいわけじゃない。不思議そうに首を傾げたエース先輩に、今のナシ!なんて一人であばあば。
「はははっどうしたんだよ、お前ほんと面白ぇなぁ。すげぇ好き」
…ちょっと待って。それは殺し文句じゃないですか。
レンアイ的な意味ではないことくらい分かってるけど。
破壊力が凄まじすぎますっ先輩!!!!
真っ赤になってボフンと爆発した私を見て、先輩はまた楽しそうに笑った。
恥ずかしい。でも嬉しい。
好き。
とてもじゃないけど、当分は平常心で先輩と接することなんてできない。今日が金曜でよかった。
「…すげぇ好き。キリッとか言っt///やだもうキャー」
週末になっても私はエース先輩の一言にのた打ち回っていた。土曜日の朝、ベッドの上でキャーと一人で大騒ぎ。嬉しいやら気恥ずかしいやらで今ならでんぐり返りくらいできそうだ。
「ってこんなことしてる場合じゃないし。お隣さん今日はいるかな」
そう、私は先週末引っ越したばかりなのだ。先週の間にご近所さんに挨拶巡りはしたけど、右隣の人だけ不在だった。引越しそばならぬ引越しタオルを引っさげて歩いて数歩のお隣さんへ。普通のマンションだからそれこそ3歩ほどの距離だ。部屋の中にいたら気にならないけど室内だって歩けば十歩くらいなもんだろう。アパートからマンションに格上げしたとはいえ、働いて数年の一人暮らしなんてこんなものだ。
ピンポーン
…
…やっぱいないか。
ガタンゴトッ
ッテェ!
「おまえダレだ!」
「…へ?」
絶対なんかすごいものが倒れたでしょって程ものすごい音を立てながら飛び出て来た少年に、私は首を傾げる。
え、子供?隣は確か男の人が一人暮らしだって聞いてたんだけど…
「おい、こらルフィ!失礼だろ!」
非常に元気のいい少年の後ろから、背の高い男の人がえっちらおっちらと出てきた。
「すんませんこいつ口が…」
「え、」
「あ、」
「「○×△■*&☆!!!」」
お互いの存在に同時に気付いた私たちは、これまた同時に声にならない悲鳴を上げた。
全身真っ赤なTHE寝巻きスエット
見事なまでのズボンIN&ひっぱり上げ具合
顔にでかでかと掛かっているのは、まだ売ってたのかと驚くほど分厚いレンズのメガネ。牛乳瓶…
え、誰?いや、顔は見たことあるんだけど。ついさっきまで想像して爆発しそうなくらいドキドキしてたんだけど。艶やかなクセっ毛だって顔に散ったそばかすだって逞しい身体だって、その全てが一致する人物を私は確かに知ってる。
けど、…けどっ
「だっ誰ですか!!!!!!!!!!!」
「お、おおおおおおう。エースで、す」
発狂するように叫んだ私に、瓶底メガネのそばかす野郎は盛大に動揺して、絶対に聞きたくない事実を口にした。
エース、先輩?うそだ。こんなダッサイやつが、あのスーパーかっこいいできる男エース先輩なわけない!っていうかこの子は誰?!子持ちナンデスカ!?どういうこと!二人であばあばとテンパっていると、そんな私たちを不思議そうに見上げていた少年がニカッと笑った。
「なんだエース、ハジメテノカノジョか?ずっと欲しいって言ってたもんなっ!しししっ」
「バッバカ!お前ちょっと黙ってろ」
え、初めて…?え?
「なぁ、エースはかっこいいだろ!!」
自慢の兄ちゃんなんだ!と胸を張って素晴らしい笑顔を見せる少年に。
「…そ、そうだね」
私は人生最大の作り笑いを浮かべた。
【ハジメテノカノジョ】
「あの、アンさん折り入ってご相談が…」
「なんですか、エース先輩。っていうか誰?」
「(グサッ)どうかこのことはひとつご内密に、」
「…言うわけないじゃない」
こんなにダッサイ先輩でさえちょっぴり可愛く見えてしまう私はきっと、ハジメテノカノジョには最適なんじゃないでしょうか?